b6a40424f7f07de5dc87f55f5ec54669_s「おとな」という言葉に対して、皆さんはどういうイメージをもっておられるのでしょうか?

漢字では「大人、成人、成年」などと表されますので、だいぶ意味合いがハッキリしてきます。

今度、我が国でも18歳から選挙権が得られるようですので、社会的には18歳からおとな扱いということになるのでしょうか。多分、そこに至るまで色々な議論があったことと思いますし、法的にもこれから様々な分野での整合性が必要となることでしょう。

生物学的にみると、もっと早くから大人だと主張する人達もいるでしょうが、日本小児科学会では「(小児とは)従来のように15歳までの年齢を上限とするのではなく、今後は成人に至るまでの思春期・青年までを想定すべき」と述べています。

実社会では、精神年齢という観点から大人として意識されるのはもっと後年であり、それも人によって、環境によって大きく変わるということを皆さんも自覚している筈です。この精神年齢というのは、江戸時代、明治、大正、昭和、平成と時を経るに従って、肉体年齢に比べて遅くなっているようで、昔の人から現代人をみると、自立性に乏しく、言動、立ち居振る舞いが、何と幼稚なのだろうと思われることでしょう。

時の切り口ではなく、国や人種による切り口からみても差があります。以前、滞在していた北ヨーロッパから帰国した時、日本人の若者が外見のみならず言動まで幼く見えた経験があります。平均寿命が延びた分、大人になる時期も遅れているのかもしれません。

ある面では豊かさが平均寿命を延ばしている因子とも言えますので、豊かさが大人への道を延ばしているのかもしれません。

 

このことについて、皆さんにあらためて考えてもらうために、論語にある次の言葉をここに紹介しておきましょう。

子曰、吾十有五而志乎(干)学、
三十而立、四十而不惑、
五十而知天命、六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩。

子曰わく、われ十五にして学に志す、
三十にして立つ、四十にして惑わず、
五十にして天命を知る、六十にして耳したがう、
七十にして心の欲する所に従って、のりえず。

(訳)
先生が言われた。
「私は十五歳で学問に志し、三十になって独立した立場を持って、
四十になってあれこれ迷わず、五十になって天命をわきまえ、
六十になって人のことばが素直に聞かれ、
七十になると思うままに振舞ってそれでも道を外れないようになった。」
岩波文庫『論語 巻第一 為政第二』

 

尚、この英訳と英語説明については次のサイトを参照してください。
http://www.iep.utm.edu/c/confuciu.htm → 6.Self-Cultivation

 

論語の起源は紀元前500年前後であり、日本ではその時期は縄文時代末期から弥生時代の初期に当たるので、古代中国の大人さのレベルに驚かされるのではないでしょうか。

私自身に照らしてみても、老境に入ってやっと世の中が分かりかけてきたかなという程度で、いまだに迷いは尽きず、日々道を外れないようにするだけでも難儀している状態であることから、なおさらそう感じるのでしょう。

 

そのような中での私の「おとな」ということについてのイメージは、自らが一番苦労しているところの「忍耐力」と「寛容」という二つの言葉で表すことができます。

これらは、ただ単なる教養・知識で身に付けられるものではありません。

「忍耐力」というのは、その人の境遇の中で強い意志も加わって身に付くものですから、老年に至らなくてもそれをしっかり保持している方を時々見かけます。しかし、本物の「寛容さ」を身につけるには並大抵なことではありません。

私の著書「Biological Management」に書きましたが、ヒトが生物として生きていくためには、「免疫系」、「神経系」、「内分泌系」などの生体内システムが、自他を見分け、自らを維持させるためにしっかり機能しており、それが特に若い世代で強く反応するようになっています。

元気な者ほど、原始の時代に保持した本能、すなわち「捕食」「繁殖」「防御」のための「怒り」や「攻撃」の回路が大脳の中心部から全身各所に向けて発達しており、その活動が強い者ほど進化の先達を務められるような生物学的な仕組みになっているわけです。

それが歳をとって、生体内のそれら機能が減弱してくるにしたがい、生体反応が穏やかになり、いわゆるもの分かりも良くなってくるということは、生物学的にみて自然の理なのです。

話しが複雑になりますのでこれ以上の専門的な説明はここでは控えますが、先に「本物の寛容さを身につけるには並大抵なことではない」と言ったのは、このような生理学的な背景を踏まえてのことだと理解してください。

ですから、若い人達は、寛容さについては無理に自らに逆らわずに、社会経験に裏付けられた自分に見合った内容を、時間をかけて熟成させていったら良いと、私は思っています。

一方、年配者に対しては、若い人達にお仕着せの寛容さを求めるよりは、「叡智えいち」と「実践力」を駆使して、国際的にも通用する幅広い社会経験をさせることを考え、人の道を外さないのであれば少々の失敗は大目に見て、自分達については論評だけではなく自らが活きた羅針盤として手本を示していくことを重要視すべきと思います。

仕事には定年はあっても、人生には定年はないはずです。よって、歳をとったらのんびり遊んで暮らそうなどという、先人の苦労を忘れ、自己を甘やかすような見下げた考えや、若者に邪魔になる頑固さを捨て去り、次世代のお手本になるように、視野を広げて国のため、人類のために出来ることを、自らの体力知力に合わせて最後の最後まで全うすることをお願いしたいと考えます。

 

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Thich Nhat Hanh in Paris, 2006.
クリエイティブ・コモンズ・ライセンスこの作品はクリエイティブ・コモンズ 表示 – 継承 2.0 一般 ライセンスの下に提供されています。

ベトナム出身の禅僧ティック・ナット・ハーン Thich Nhat Hanh が、NHK 心の時代~宗教・人生~宗教の時間で、仏の教えにもとづく思想としてマインドフルネス(今ここに存在する自分に気づく)ということを語っておられましたので、私の受け止めたことですが、その主旨を皆さんにも以下にお伝えしておきましょう。

『すべてに陰陽がある。すべてに山、谷がある。右あって左、右は単独では右でいられない。

左があるから右がある。左が邪魔と思って切り取ってもその断端はまた左になる。

良いと悪いを対立構造としないで、両方を考え、両方を理解し、その違いを明らかにして、両立を認めよう。将来や運命を左右するようなことは、そう簡単なことではない。永い眼、広い眼で見ると、左右どちらが良で、どちらが否であるか定かでないことの方が多い。一部の立場をとれば対局の立場があり、世の中はその視点の違いが葛藤を生んでいる、云々』。

 

この思想と活動については、米国の故キング牧師も異教徒であるのにかかわらず支援した経緯があり、南アフリカの故マンデラ大統領も、これと同じような内容のことを以前述べられていたのを覚えています。恐怖の重圧、過酷な刑罰、長い投獄生活などを経験しても出てきたこの方々の精神こそ本物の「寛容」といえるものであり、これこそが人としての真の強さであり、平和に繋ぐことができる基本思想であると、私はとらえています。

広く世界をみると、皆それぞれ衣食住環境、歴史、思想信条などの文化が異なり、その人達から見ると日本人は均質で、内向き志向としてみえます。それが是か非かは別として、国際的には平和に対する考え方も日本人が考えるものとは必ずしも同じでないということを知るべきです。私事ながら、過去、海外生活の中で、一般論として「日本人は利己的」と評されているのを、悔しく恥ずかしい思いをしたことが少なくありません。

先にご紹介した人達も、ただの寛容人ではありません。英語、フランス語を駆使して語る姿は穏やかながらも、憤怒の実体験から出た鋭い牙や爪を内に秘めた強い精神力、忍耐力に裏打ちされた、底の浅い平和主義からはけして表れ出ない「寛容」というものを身に付けているからこそ、今でも世界中の多くの人の心を打つ金言名句を発することができるということを、私たちは知らなくてはなりません。

これこそが、本物の「おとな」というのではないかと、私は思っています。

 

尚、ティック・ナット・ハーン氏は、今 重篤な病に倒れ療養中です。

氏の早い快復を願って止みません。