新年明けましておめでとうございます。
皆様にとって、健やかで穏やかな年でありますよう、心からお祈り申し上げます。
さて、昨年と同様に2019年の年頭にあたって私の所感をお届けします。

世界の動向を左右する年

2016年末に、私はこのウエブサイトのブログに「2016年を振り返って先を予測する」という記事を載せたのですが、それ以降の世界は予測した流れよりも好ましくない方に向かっています。すなわち、グローバル経済とブロック経済の押し合いが各国の政治経済に不穏な変動を呼び起こしてきており、この不安定な状況が続くと大変動につながりかねないと思われるようになってきたのです。
このようなことから、今年はその山場にさしかかる難しい年になると思いますので、資源や生産拠点、そして市場を他国に依存している日本の国民である私達は、特に次のことについて留意する必要があると考えています。
それは「ものごとを公平公正に判断するように努める」ということなのですが、そのためには私達皆が諸事万端につき、内向き思考に感化されずに、部分最適や短期最適ではなく長期最適で全体最適、すなわち世界最適になるように考えて行動することが非常に大事になるということです。

それを可能にするためには、私達自身が自分達の「価値」を上げることに努力することが必要であり、このことこそが私達の国や関連する国々との関係を安定させることに繋がることになるのです。何となれば、国の基本は人なのですから、その構成者のレベルが低いと判断も甘くなり、危険を伴う行動に走りやすくなり、社会を安定にするための機会を見失いやすくもなるからなのです。

それでは、ここで言う「人の価値」とは具体的に何を指すのかについて考えてみましょう。
人の価値ということについては色々な考えや見方がありますが、一般的には国語辞典にもあるように、成功することでその人の価値が上がると考えられる傾向があります。しかし、その成功ということのとらえ方は多様であり、実際の社会状況に照らし合わせると必ずしもそうとは言えないことがたくさんあります。それは、成功した人ということについては「地位や財産を得たこと」を中心にして語られていることが多いからであり、その人の「真の人柄」、言いかえると「信用に裏付けられた人間としての大きさ」を身に付けたこととは違っていることがあるのです。
すなわち、地位や財産の面では成功したかもしれませんが、人格の面では成功したとは言えず、長続きする内容でもないことから社会貢献度も低く、結局は人々の期待を裏切ることになるという事例が意外に多いからなのです。

私がまだ現役の頃、接していた若い人達がこのことについてよく議論をしていて、年輩者である私にも問うてきたことがありました。そんな経験から、その後それに答える意図もあって「成功する人の条件」というの本を出版しました。そしてその「まとめ」の中に次のようなことを述べましたので、以下にその抜粋をご紹介しておきます。(この記事に合わせて文言を一部改変)

『以上、成功する人の条件10項目を挙げてその理由を解説しましたが、冒頭にも述べたごとく第1項目に挙げた自分に甘くない人の比重が特に重く、大きいと私は考えています。
また、その他の項目も広義に捉えると自らの強い精神力や自己統制力があって実行できることですので、このことからして成功のための最大の条件は克己心といっても過言ではないでしょう。
大の成功者と目される人の中であっても、慢心や不注意から終幕で取り返しのつかない失敗をしでかし、花道からどころか奈落の底まで転げ落ちた人を、私はこれまで数多く見聞きしてきました。人の成果は死ぬ時にはじめて決まるものなので、常に油断禁物なのです。
一方では、しでかした失敗については素直に反省して、最後の最後まで希望を持ち、諦めずに努力することで自分を取り戻し、周囲から信頼を勝ち得た人もいます。
また、予想外の複雑な問題に見舞われ悩み苦しみながらも、「部分最適よりは全体最適」、「短期最適よりは長期最適」、さらには「世界最適」な解決方法を考えて、判断を下し、実行に移し、皆を成功に導いた人達が数多くいたことからこそ、この国がここまで来られたということを忘れてはならないのです。
確かに、これら条件にすべて適合する人材にはそう出会えるものではありません。 それは、そのような人達が、自分をあえて目立たせようとしなかった人達であったということもあるのです。
きっとこの様な人は、心が強く、成功のための条件が自ずと身体各所に染み渡っていて、それが条件反射のように行動に表れるように鍛えられていると考えられます。
これがすなわち価値ある人材、すなわちその道の「プロ」なのです。』

以上が自著の抜粋文なのですが、私がこの文章の末尾で述べた「プロ」というのは人生のプロという意味であり、言葉を換えると「人生の達人」ということでもあります。ともかく何か特定のことについて努力をして、その努力の結果がその人に卓越した力量をつけ、そこまで自分を磨き上げてきたことがその人に自信を与えるのです。そしてその過程で、広い視野や鋭い洞察力に裏付けられた豊かな人柄も熟成されてくるものなのです。
そのような人からは、りきまなくても自然と信頼性がにじみ出てくることから、接しているうちにその深さに魅了されて、いつの間にかこちらも元気付けられてくるのです。

このように、本当の人生の成功とは地位や名声、財産などでは決まらないほど深く、大きいものなのです。大事なことは「信頼のおける人間になること、そしてそれを維持できるように日頃の努力を怠っていないこと」であり、これこそが本筋であると私は断言できます。

信頼のおける人間になることで一番大事なことは「自分に克つことができる人になる」ことです。しかし、それがそう簡単ではなく楽ではないことから、結局は人の欠点をみつけ、それをあばくことで、自分に安心感を与え、それが自分の弱さを隠し、根拠のない正当性を自分に言い聞かせるような惨めな人間になるのです。
それから脱するためには、先ずは自分が素直になることを心掛けることが一番の近道なのですが、それがなかなか難しい。
では、どうしてそのように素直になることが難しいのでしょうか。
私は前述の自著の中で「認知的不協和」という理論も紹介し、そこから脱する方策も述べました。この理論はそんなに新しいものではありませんが、時代が進んでもこれに当てはまる人が多いので残念だと思い、あらためて皆さんにその記事も以下に紹介しておきます。

素直になるための方策

『日頃、私のような年配者がその人のためにと思って正道をさとしても、「それでも いやなものはいやなんです」として、外面はともかく内面では頑なに勧められたことを理解しようとせず、実行しようともしない人がいます。そのような人の中に「認知的不協和」の状態に陥っている人がいるのに気がつきますので、このことについて皆さんの参考のために説明をしておきましょう。
1957年、米国スタンフォード大学心理学のLion Festinger教授が「認知的不協和の理論」という学説を発表し、今もなお社会心理学などの分野で参考にされています。
彼によれば、人は、知識、意見、信念など、認知要素の中の二つ以上が、自分のこれまでの考え方と合わない時には、緊張(ストレス)を感じ、その緊張を低減させるために自分の考えを適応させようと反応します。
つまり、自分が考えていたことと結果が違った時や、自分の行動が周囲の価値基準からは認められない時に「認知的不協和」という心理状態が発生し、この状態が起きると人は居心地が悪くなり、状況から逃避するか、なんとか自分を誉め、自らを安心させるため理屈をこじつけたりするようになるのです。
すなわち、自分の考えや行っていることを正当化し、それを強化するための理屈を考え出すことに注力することで精神的に安住しようとしたりするわけです。これは意識的にだけでなく、自分と相容れない情報を頑なに排除したり、自分の都合の良いように解釈したりして、他人のみならず、自分自身をだますことも無意識的にするようにもなるのです。
例えば、ある社会的行為に反対している人は、その反対関連の本や新聞を読み、集会にも積極的に参加するようになり、相対する情報をそのことは危険だ、不必要だという方向で解釈しようとします。逆に、それに賛成する人は、まったく反対の行動に偏り、それは安全で必要だと解釈しようと努めます。

これらの行為が政治・宗教・科学・思想教育などの分野でエスカレートしていくと、経過の中で恐ろしく不幸な状態を生み出し、取り返しのつかない社会現象に至るということは、これまでの歴史的事件の中からでも数多く拾い上げることができます。
私は、そのような人達から、時が経って「あの時、なぜあのような考えをしたり、行動を取ったりしたのか、今では考えられない」などの打ち明け話を聞いたことが度々あり、人間の心理というものはかくも弱く、かつ危険なものだと考えさせられたものでした。
たしかに、自分というものを維持、向上させるためには、この認知的不協和に対する適応反応は無視できません。しかし、それが思わぬ方向に自分を誘導し、延いては他の人達をも巻き込んでしまうことがあるのだということを知っておく必要があるのです。

そうなのです、自分が若いとき求めた理想の自分、そして社会的にみても望まれる強くて素直な人間、すなわち成功した人間に自らを仕立て、維持するということは、ほんとうに大変なことなのです。そしてそれが見かけの成功であればあるほどその化粧と振り付けは大変であり、結局は疲れることから長続きがしないのです。
このようなことをよく考えて、日頃自分の真の羅針盤を見ながら本来の自分を取り戻して行動できるか否かが、自分の人生の結果に大きく影響するのだということを再認識してもらいたいと思います。
もし、自分の中の羅針盤が見え難くなったら、身近な信頼できる人に素直に話すことも手っ取り早い対策ですが、自分がフリーズ状態になっていることに気がついたり、あるいは親しい人に言われたりしたような時には、私からは次のことをお勧めしますので、ぜひ試みてください。「鹿を追う者は山を見ず」という状況から脱するために、休日をうまく利用するのもこれからの自分の人生ためには大事なことなのです。

①多くの故事、ことわざを読み、その由来調べを落ち着いて丁寧に行ってみる。
②古典(論語、聖書も含む)を、静かにゆっくり紐解いてみる。
③しばらく、ひとりで知らない土地を旅する。(出来るだけ初めてのところが良い)
④まだ無邪気だった子供の時に過ごしたところを辿ってみたり、アルバムを見たりする。
⑤大きな山、広野、漁村など、都会から離れた中で、自らをしばらく自然に委ねる。
⑥肉体と精神の平衡化を図るべく、格闘技、登山、農作業等に没頭し、汗を流す。
⑦それでも違和感が残れば、恐れず、恥じず、その道の専門家に相談する。 』

以上、今年の世界の動向を捉えて、起こるかもしれない変動に対処するための心構えを中心に私の年初の所感を述べさせてもらいました。参考にしていただければ幸です。

2019年元旦  北の仙人