%e4%bb%8a%e5%b9%b4%e6%9c%80%e5%be%8c%e3%81%ae%e3%83%90%e3%83%a9いつの間にか今年も師走となり、皆さんにおかれましては何かとお忙しいことと思います。
さて、この年の国際的な出来事を振り返るに当たって、先にそのもとになる近年の地球規模の潮流変化について、私なりにその要点を説明しておきましょう。

1950年以降1980年頃までは、第二次世界大戦の戦勝国の覇権争いに端を発した冷戦から融和へと、世界的に大きな変動があった時代でした。その流れを作ったのはいわゆるグローバリゼーションであり、それまでの強固な東西イデオロギー(国家体制)の対立を越えてまで大国間でその動きが成り立ったのは、戦後の社会疲弊を復活させるための自国経済の立て直しに各々が協調したことに他なりません。その潮流の原動力となったのは市場経済(自由経済)主義であり、途中でリーマンショックなどの大きな経済危機に見舞われながらも2000年を過ぎてからその動きが加速され、功罪を残しながら今に至っているわけです。

その功に当たると思われることは、国際標準規格ISOの進展による世界に共通する品質向上の流れと、インターネットを主軸とした情報通信技術ICTの飛躍的進歩に推された地球規模の情報共有化であり、そこに各国共通の基軸通貨をもって商品や資本が諸国間を一定のルールのもとで自由に移動することで総体的に経済効果を上げる結果となりました。

一方、罪に当たると思われることは、上記の経済動向に乗り遅れた国や地域社会に生じた経済格差と、その間に発生した民族紛争から避難した人達の動きに起因する移民排斥問題と隠然たるナショナリズムの台頭です。
言い換えれば、これまではグローバル化とはいえ経済を中心とした流れでしたので、各国民は先ずはその効果を求めるために個人の要求を抑えて体制に協力してきたのですが、それがここにきて「話しが違うのではないか」という疑念と不満が、特に保守派や過去の産業を支えた労働者階層など間から出てきたわけです。「余所から来た者達にほどこす前に、苦労して貢献してきた我々に金や仕事を回すのが道理だろう!」と。
すなわち、力の無い国家、無視や抑圧された民族集団、時代の流れから陽が当たらなくなった産業関連者、そして経済格差で不満が高まる社会的弱者等々の反抗の動きです。
その最たるものが、2016年の予想外の結果であった欧州統合プロジェクトの逆流現象や、米国大統領選の結果であったと思います。

さりとて、この経済的グローバリゼーションも現在に至るまで半世紀以上かかっており、各国共に自由主義経済を基調とした国際貿易のうまみ(恩恵)を味わってきていることから、今後色々な修正が加えられることはあるものの流れが止まるようなことが果たして起こるのかどうか? その修正が求められるポイントは経済効果と市民生活との整合性だと思いますが、それが各国どこまで調整できるか? このことが今後の国際的にも、各国内政としても大きな課題となることは間違いないでしょう。市場経済の原則を保ちつつ、各国の科学技術力、工業力、行政力、政治力などに裏付けられた国民生産性の差を縮める仕事を、どこの誰が担うのか、地球規模での大きな課題がこの先に横たわっているのが私には見えます。

さてこのような難問を抱える中で、世界は、そしてその中の私達の社会は今後どの方向に動いていくのでしょうか。
「安心感」と「愛情」を求める気持ちは世界の人達に共通することです。それについて過去の自分と比較して向上感が得られるうちは皆落ち着いているものなのですが、情報過多の社会情勢の中で有ること無いこと他人と比較をするようになってくると、その差が気になりだし、それが現状の不満感をつのらせて体制の不信感や、恵まれていると見える相手へのねたみや憎しみに変わり、集団のうねりと化してきているのが、ちょうど今の世界の状況ではないかと思います。

各国の為政者達は、過去においては国民の不満が高まって来た時には仮想敵を作って国民の目をそちらに向けるべく誘導することで国内問題の回避を図ってきましたが、今のように国外情報が得られやすい時代になってくるとその手も効果が薄くなってきていますので、どの国もやはり海外から資源を調達することに注力しながら国内の経済力を高めることが内政の重要課題にならざるを得なくなってきています。

前述のように、どこの国民であろうとも心から願うところの「安心感」や「愛情」は、家族や友達から得られてこそ真の満足に繋がるものなのですが、その絆が壊されてしまった人達や、日々の糧を得る手だてを築きたくとも築けない人達とっては社会変動が大きくなるほどストレスがたまり、体調にまで影響が出るようになってきています。
これが経済的グローバリゼーションの副作用として各所に現れ出したわけで、個人のそれが集団のうねりと化して、その不満の渦が各所に広がり、あたかも大潮の時の鳴門の渦潮のような乱流となっていくと、適切な手を打たないと国によっては大騒動になることもあり得るでしょう。
すでに南米にはそういう現象が見えていますし、その兆候は各国の情報の中に見え隠れしています。このようなことから、内政が内向きになってくるのは必然的な現象なのですが、それが過剰になった時の国際的危険性は無視できないものと考えるべきです。

私達は、これらの騒動が、過去人類が犯した戦争という過ちまで拡大しないように最大の注意を払わなくてはなりません。そのようなことは誰もが望んでいることでは無いとは思いますが、人間は感情の動物とも言われることと、人生長いこと生きてきて世界各国の色々な人を見てきている私から見ると、大きな心配ごとです。
特に、同質性を望む傾向が強い我が国の気質が、どこまでこの乱流に落ち着いて耐え、理性的な道をたどるかがポイントで、それが世界全体の動きにも影響を与えることになるでしょう。
自国だけ良ければよいという、内向きの言動に同調してはいけないのです。
しかし、このような時こそ、自分達のことを考えるだけの傍観者ではなく、適切、迅速な外交を展開するならば、それこそ国際的な信頼を得られる良いチャンスでもあるのです。

さて、これまでの流れを汲んで、この先の流れを予測してみましょう。
先ずは考察Aとして、楽観的な見地からの予測です。
今まさに、あらためてその功罪が論議されることになってきたグローバリゼーションですが、ここまで来た以上は地域的な時間差はあるものの物事の価値観が地球規模で急速に共通化してくる流れには変化が無いとも考えられます。
それは、次のような見方からです。すなわち、先の大戦以前に考えられなかった、英語という言語の世界共通とも言える公用語化と、国際標準化機構ISOの普及、インターネットを主軸とした情報通信技術ICTの急速な進展などが背景にあることから、各国が同じ土俵で行われる国際貿易に基づく市場経済システムが根付いてきており、関係諸国の政治的思惑によりその効果の現れ方が早い遅いや、上下動はあるものの、この大きな潮流の方向性には変わりがないという考え方です。そしてこの根底には「一度味わったうまみや面白みは忘れられない」という人のさががあるという前提があります。

次ぎに考察Bとして、悲観的、危機的な見地からの予測です。
この年末までの世界の動向に共振して次年度はさらなる反グローバル主義が勃興し、各国内政の内向き傾向が強まり、これまで築いてきた国際協調も崩れ、ふたたびブロック経済すなわち保護貿易主義の流れの中で国際関係が固まっていくという見方です。そうでないと欧州や米国の収まりがつかないだろうということと、すでに欧州ではナショナリズムが台頭し出しましたので、それに呼応する動きが諸国の内政、特に防衛体制を強化させ、これまでの各国協調の流れが止まったり、停滞したりするという見方です。

さて、次年度以降は一体どちらの方向に世界が動いて行くのでしょうか。考察Aの流れでしょうか、それとも考察Bの流れとなるのでしょうか。どっちにしても、そこには中国やロシアという経済的爆弾を抱えた国が存在することを無視して考えられないことですが、ともかく落ち着かない年を迎えることになるのは間違いないでしょう。

私は、今のところ「人の性」に基づく流れで述べた前者(考察A)の考えでいますが、正直言って半分は願いも入っています。人によっては、この私の意見に反論もあるでしょう。
過去の世界史において、あの中世の大航海時代から近代の世界大戦までの間に世界各国から資源を吸い上げ、冨を築いて得たヨーロッパ諸国の栄誉栄華も、もとを辿ればその根底に「人間の性」が為したことであり、だからこそ今その反動で、恩恵を堪能した国々が搾取された当時国から仕返しされ苦しまされているのではないのか、それにより欧米主体の政策的グローバリゼーションはこれ以上続かず終焉に向かうのだと。

そう言われれば、残念ながら、私にはこれに対して現時点では明確に反論することができません。ただ、私としては過去付き合ってきた、確かに存在する欧米の賢者達と、そして今の若者達の賢明さが頭にあるが故に、先行きそれほど血迷った行動はないであろうという半分期待感を込めて推察している次第です。
もう少し様子を観て、再度しっかり考えて進みましょう。

この記事を閉じるに当たって、最後に次の言葉を皆さんにご紹介しておきましょう。

昔、ある仏教家から聞いて自分自身を省み、反省した話なのですが、「人の舌には両刃のカミソリがついている。その舌を使って発する言葉で相手が傷ついた時は自分自身も傷つくと心得えて日頃の発言に注意しなさい」というような主旨でした。

なぜ今年の年末にこの言葉を皆さんにもお伝えしたのか、お分かりですよね!?

何はともあれ、次年度は皆さんにとって問題のない年でありますことを、心から祈念します。
ご精読ありがとうございました。