cover早いもので先の大戦が終わってから早71年経ちました。
現在の日本の人口のうち、67%の人達はこの戦後に生まれた人達です。
こんなことから、考えあって私は今般宵待よいまちぐさという本をAmazon社から出版しました。

この本「宵待草」は、すでに亡き私の父(医師)と叔父(獣医師)が実戦体験の中で残した記録を基に私が編集、解説を加えて仕上げたものです。

以下に述べることはこの本の「まとめ」に書いたことと重なりますが、それをご覧にならない方もあるかと思い、このブログにも載せる次第です。

私がこれまで出版した本は、シリーズものとして特に人を扱う立場の人達や組織で働く人達、あるいは教育に携わる人達に参考になるように、特に「マネージメント」ということに主眼を置き、さまざまな切り口から自分の経験を踏まえて色々語ってきました。今回の出版目的についても、その冒頭の「はじめに」で述べましたが、ここでもう少し補足説明をさせてもらいます。

(1)それは、これまで自らの経験をもとに皆さんにお話ししてきた「マネージメント」に関する課題、すなわち次の三項目に対するヒントがこの本にも含まれているからです。

①ストレスの多い状況の中で、自らを正常に保つためにはどういう精神のあり方で自己をコントロールすればよいのか。
②窮地の中でうろたえず、いざという時に対処できる力量はどういうところからくるのか、それを組織の人材に平素からどのように養うべきか。
③少ない力で最大限の効果を挙げ得る力ある集団を育成するためには、どのような人材の組み合わせで、それをどう機能させるべきか。

(2)もう一つの理由は、事が起きるその本当の要因を見失ってはいけないということを、特に次代を担う人達がこの本を読まれたことを機に、改めて考えてもらいたいということです。

それでは、その一番目の理由について説明しましょう。
本書は、単なる「ある個人の戦争体験記」というよりは、今で言う「専門職」で、かつ「中間管理職」に当たる立場の人間が、軍隊という組織の中や、敵弾飛び交う戦場ではどういう立場で、どういう見方でいたかをうかがい知ることができる内容ですから、先ずは、同様な人達の参考例になると思います。
しかも、この記録はまだそんな遠い昔の話しではなく、皆さんの祖父母や両親が直接、あるいは間接的に関係してきた時代のひとコマでもあり、これからの人達に今後の日本のあり方を考える一助にしてもらえると思い、あえて出版することにしたわけです。ここで、「あえて」と言ったのは、この内容はすべて当人の実際の手記や絵が基になっており、中には長男の欣一が戦地から両親や兄弟宛てに送った手紙、すなわち私文書であり、また描いた漫画スケッチの中には部隊の上官や同僚個人をうかがい知ることができる名入りのものも含まれていることからです。よって、それらの内容を精査し、出てくる人達や関係する人達にご迷惑をお掛けすることがないだろうと判断したものを材料に、事実は事実として意図的な手を加えずに編集してあります。

現在の社会においても医師や獣医師などは専門職であり、組織に入っても多くは間接スタッフとして一般管理機構とは別な立場から組織活動に参画しており、またその直接間接のほど良い組み合わせが組織運営の正常性を維持継続させることに役立つことから、賢明なリーダーはこれら間接スタッフを活用します。
軍隊における少尉以上の将校は、いわゆる組織の管理職に該当し、中でも尉官は今のマネージメント社会でいえば中間管理職に当たると言えるでしょう。軍隊も組織ですから、その構成員によって雰囲気が変わってくるものですが、欣一の所属した大隊は、当人の残した資料から推察して人材に恵まれていたと思われます。また、大隊長以下職業軍人(ライン)は、スタッフ(専門職)を自分達の客観的な相談相手としてうまく使っていたことが、当人の描いた漫画スケッチや手紙文などからうかがい知ることができます。

この本を出版するに当たって、私は本書の末尾に掲載した参考書籍を改めて読み直しましたが、当たり前のことながら、軍隊においてもその組織構成の良し悪しがその戦力に大きく関係することがくみ取れます。以前に読んだ「ピーターの法則」の中に、その事を示唆する次のような文章がありましたのでここに意訳引用させてもらいます。

・イギリス海軍サミュエル・ピープス 『海軍の監理はおどろくばかりのムダと腐敗と無知と怠慢に満ちている。・・・現役の艦船も、その多くが、海のことを良く知らない人間に指揮されている。』
・ウイリントンはポルトガルの戦闘に当たり、自軍の将校たちの服務配分表を検閲して言った。『どうか、敵のほうのリストもこんなふうにでたらめであるように祈るばかりだ。』
・南北戦争のリチャード・テイラー将軍は、七日間の戦闘を回顧してこう述懐した。『南軍の指揮官達は、リッチモンドを中心にした一日の行軍の里程内の地形を、中央アフリカの地勢ほどもよくのみこんでいなかった。』
・同じく南軍の名将ロバート・E・リー将軍ですら『私の命令は、まるっきり励行されていない。』と嘆いた。

このような話しは、数え上げればきりがありませんが、それはどうしてなのでしょうか。この問題は、一見統率の取れていると思われる軍隊にしてこうなのであって、民間の組織も含めてマネージメントからみれば共通する課題なのです。これは仕事をするための基本的な方策、すなわち戦術論の問題ではなくて、仕事を成し遂げるための組織の要素である個々人の力量と、それらの適切な組み合わせ、すなわち組織の仕組みを構築する方法と、その育て方に要因があるのです。すなわち、これこそが組織の力の源泉になるのであって、このことが組織運営の根柢にあるか否かが勝敗を決することになるのです。

そのために大事なことは、組織運営というものは、今も昔も「直接人員」と「間接人員」、表現を変えると「ライン」と「スタッフ」がそれ相応の割合に存在していて、それらの働きが縦糸と横糸のように組み合わさってこそ正常な機能が発揮されるわけで、その仕組みが悪いと発揮される力と持続力の双方に影響が出てきます。たとえば、「直間比率」(ラインとスタッフの構成割合)などという見方でそこの組織効率を計数的な数値だけで判断し、業績が悪くなると実際の把握が浅いまま単純に間接人員(いわゆるスタッフ)を減らす。そうすることで、目先の経費を削り急場をしのぐ。というようなことが往往にして行われがちですが、実質的にはそれが組織の力を弱め、長期的な成果に繋がらず、結果として先の展開が不調に終わるということがよくあります。これは、簡単に言うと現場の現象を深く把握しないまま理屈だけで采配を振っても、効果は上がらないということの表れなのです。

軍隊にしても、直接人員に当たる戦闘要員がいくらがんばっても、間接人員が働く兵站へいたん、すなわち武器・弾薬・燃料・食料などの適切な供給、指示命令や関連情報の的確な提供、援護、救護等の方法を間違ったり、貧弱だったりすると長期的、全体的には勝ち目がなく、それを根性(精神論)で克服せよなどということはどだい無理があり、行うべきではなく、もっと賢い別の手段を講じるべきなのです。このことは私が言うまでもなく、我が国の過去の失敗の本質はそこにあったのだと、戦後発行された多くの分析本が、後付ながら口を揃えて述べています。このことは軍隊であろうと、民間や役所などの組織運営全体に共通する原則であり、これを一言で表現すると「戦略の失敗は戦術では補えない」ということになるのですが、どうしてもこの辺りの考え方や行動の基本的問題を正さないまま物事を拙速に進めるものですから、相も変わらず精神主義や人間性欠如に起因する諸問題が発生し、成果の割に犠牲も大きく、先に繋がっていないことが今もって形を変えて続いていることを、私は非常に残念に思っています。

これを別の切り口から考えてみましょう。出版されている書籍、新聞、報道番組、そしてウエブ上の情報の多くが、今もって当時の軍隊や政権のことのみに焦点を当てて、いかにもその人的内容が悪かったと思わせる傾向が、依然として続いているということを皆さんはどう思っておられるのでしょうか。政府や軍隊は国民の鏡なのであって、国民と別物ではないはずです。それを過去のこととは言え、他人事のように批判しさげすむのは、自分達の先祖すなわち過去に悪口雑言を浴びせる行為に等しいと私には思えるのです。罵詈ばり雑言ぞうごんを商売のネタにして生きている人ならいざしらず、時代を担う人達はこのような事を真似たり、感化されたりすることがないようにぜひお願いします。誤解なきよう願いたいのですが、これは過去の出来事を肯定せよとか、忘れてしまえということではなく、軍部やそれをコントロールできなくなった政府や官僚は、時の国民がそうさせてしまったと捉えるべきで、なぜそうさせてしまったのか、今後そのようなことが起きないようにするためには、何をどう実行しなければいけないのかと考えるべきなのです。マスメディアもそこに真剣に切り込んでいき、国民を狭い了見で作為的に誘導するのではなく、自分の意思で考えさせるようにすることにもっともっと工夫、努力してもらいたく思います。

本書の中で解説しましたが、過去の大戦で、ともかく非常に多くの軍人や民間人がこの国のために犠牲になっているのは悲しい事実なのであって、その人達を「無駄死に」とは決して言えないのです。その人達の多くは不幸にしてその時代に遭遇して命を落としたり被害を受けたりしたのですから、それらの事実を今後の活動のための本源にしてこそ、その人達が浮かばれるはずなのです。そして、それがなんでそうなりにくいのか、人はどうして先人と同じ失敗を繰り返しやすいのかを、あらためて新鮮な世界目線で考え、自分達の道を築いてもらいたいのです。

私は、過去に仕事で欧米人のマネージメント層との付き合いが長かったことから、彼らが計画などを立てるに当たって、その思考方法に日本人と基本的な違いを感じたことがありました。すなわち、端的に言うと、部分最適ではなく全体最適に、短期最適ではなく長期最適に、戦術論ではなく戦略論を基本にする人達が思ったより多かったということの違いです。多くの日本人の落ち入りやすい短兵急さは、風土や歴史、そして幼児からの教育方針が作り上げた国民的体質なのかもしれませんが、これからの国際活動がより重要となる社会では、ここで私が言う、いわゆる大局的な思考と、ダメージコントロールに基づいた実践を伴わないと、太刀打ちできなくなるということを私は皆さんに肝に命じてもらいたいのです。

このような私の考えから、僭越ながらそれらの是正を願って、人や組織のあり方について次の問いかけに対して、自ら考えるためのきっかけにしてもらうことを、この本に托したわけです。

①大局的な視野に立って物事を考えるためには、日頃どういうふうに生きれば身に付くのか。そして、いざという時にその思考ができるようにするための日頃の心構えやトレーニングはどうあればよいのか。
②人間が困難な状態に置かれた時に、自らをいかに自己コントロールすべきか。
③ラインとスタッフのあり方、さらに強いて言えばスタッフをどのように有効に使ってラインの機能向上を図るべきか。

このようなことから、専門職で、かつ中間管理職に当たる立場の人間が、軍隊の敵弾飛び交う戦場ではどういう立場で、どういう見方でいたかを、この本を通して知り、良きにつけ悪しきにつけ、参考にして実践に活かしてもらいたいと思ったわけです。

ここで私から、このことについてのヒントを一つだけ挙げさせてもらいます。

それは、「一芸は身を助けるという諺のごとく、いざという時に何が自らを助けてくれるか分からないので、普段から実務以外のことや趣味などを通して様々な知識や経験を積重ねよ」ということです。その前向きな日頃の努力の積み重ねが、「糊代がある人間」、「潰しが利く人間」、すなわち「大局観のある幅の広い人間」に自分自身を育て上げるのです。

次ぎに、二番目の理由である「事が起きる真の要因を見失ってはいけない」ということについて、私個人のことを例にしてお話ししましょう。
今から四十年ほど前からでしたが、私は約二十年間、仕事で海外に頻繁に出かけていました。一時は欧州のベルギー国に住民票を移して、そこを本拠地にして各国を訪ね各種会議、学会、関係先との打合せなどで飛び歩き、入出国時にパスポートに押される印判ページが足りなくなり追加更新したこともありました。そのような時は、ほとんどは一人で移動していましたが、どうしても日本の航空会社を希望する年輩の同行者がいたり、欧州内の短距離であったりする時以外の長距離移動の時には、米国大手航空会社を使っていました。その理由は、ひとつには客室乗務員のサービスが過剰でないということもありましたが、米国という国はいざという時は速やかに世界のどこでも助けに来てくれるということに対する強い信頼感があったことが大きな理由です。

今はだいぶ改善されてきたとは聞いてはいますが、当時の日本国の在外公館は良い話しには門戸を開くものの、民間の面倒な話しには相手になりたがらないという傾向が強かったことと、国の安全保障ルートが極端に短く、かつ狭いことから、いざという時の動きも遅鈍であったからです。今においても、戦略的な詳細情報は、相変わらず英国、米国などの関係国を通して入り、危機の場合もそれらの国々との折衝の結果で決まって、そのため時間がかかることについては改善されていないと思います。
日本国憲法や外交手続き上から、それしか手がないと言われれば返す言葉がありませんが、実際には時の政権の腹構え次第だと私は思っています。
国外で仕事や旅をしている者からみれば、自国の救助体制に迅速性と確実性がなければ心細く、自分達の身を守ることについて民間ルートや個人的に信頼感のある国に頼らざるを得なかったのです。

民間の経済ルートは昔よりもパイプが太くなったとはいえ、おおもとの我が国の国防体制に対する社会的意識が相も変わらず後ろ向きであり、昨今やっと改善されてきたかに思える政府の前向きな動きを牽制している国民やマスメディアにその要因があるということについて、どれほどの人が認識しているのか、私としてはこの国の相も変わらぬ手前勝手で、内向き傾向に、先行きを非常に心配しています。自国だけですべてをまかなえるのであれば、それでも結構なのですが、残念ながらそれが適わないことを再認識し、その上でこれからの道を歩んでいってもらいたいのです。

現在は、他国と地続きで接していない日本という国の地政学的条件が、運良く海外からの直接的な脅威を防いでくれていること、すなわち地理的にも極東に孤立してるという位置的条件などが外的侵襲を訪れ難くしていること、そして気候や農業、漁業環境にもそれなりに恵まれたるということは、そうでない国から見ればある面ではうらやましいことなのです。
そういう中で、私が海外で良く聞かされた我が国の評判、すなわち排他性、排外性、利己主義ということについて、その理由が何から来ているかということを、特にこれからの人達は知り、物事に謙虚に、かといって卑屈にならずに対処することが大事なのです。日本に興味を持って向こうからはるばる訪れる人や、短期の観光旅行やビジネス訪問者の表面的な評価だけで、自国レベルを単純に良しと判断して満足している人がいかに多いか、気を付けなければいけません。

見方を変えると、我が国には、海外の油断できない人達から見れば、平和国家と安住している多くの日本国民には気が付かない沢山のすきがあります。例えば、本書で挙げたノモンハン事件の背景で暗躍したゾルゲなどの国際的諜報活動、その後の太平洋戦争の局面を左右した日米の諜報・防諜に関する力量差、機動的国際テロ犯罪の発端とさせたよど号ハイジャック事件、やすやすと拉致を許した金大中事件や北朝鮮拉致事件、テロ犯罪を意に介さず海外展開をも目論んだオーム真理教事件、犯罪の資金源たる偽金や麻薬の密輸の横行等々を安易に発生させてしまうことに対する不安感が、今もなお拭えない状況であることについて、国民皆が再認識する必要があります。当局頼りにしながらも、いざという時には自己都合に理屈をつけて肝心な規制強化に反対するようでは、いつまでたっても皆のための国際的な安全は保証されないのです。

その上、過去には、国策をもって送り出したブラジルや満洲国への移民者の末路や、いざ引き揚げる段に当たっての軍や国の対応、さらには引き揚げ者に対する本土民による冷たい差別的仕打ちなど、どうして人というものは度量が狭いのかと思わせるようなことが幾度となく起きています。こういう体質の中では、若者達がいさんで異国へ出て、胸を張って夢を叶え、大きくなって戻ってこようという気が起き難いのです。このような偏狭で内向きの姿勢は、我が国の将来に決して良いことではなく、何としても是正しなければならない体質と考えてもらいたく思います。

再度述べますが、人は時にしてどうしてこう偏狭になるのでしょうか。
動物は「弱いものいじめ」や「差別」を行うものが一般的で、本質的に心が広くありません。それは、その個体自身や集団の統制や維持、すなわち身近なもの同士が生き延びようとする生物学的習性からくるものなのです。その行為は大脳より下部の脳神経組織が本能的に為すことなのですが、人間は、さらに大脳が発達して、特にその最上部にある大脳新皮質領域は、それらの本能的行為の良し悪しを考え、制御するいわゆる「理性」という働きを発揮することができるように進化してきたのです。そして、この部分が良好に働くことを、「人間性がある」と称して、皆が尊ぶようにもなっているのです。私は、人間の理性こそが、人類の先の道を明るくしてくれるものと思っています。
このようなことから、当時のみならず、今もってよくみられる「いじめ」や「差別」は、まさしく人間的な制御が為されていない動物的な行為と言えるのです。民族紛争や、それが引き金によって起きる戦争などの要因には、このような動物的本能行為と理性のせめぎ合いが破綻したことから発生してきます。このことからお分かりのように、人は、日頃の判断や行動に当たって、人間的に行えるように「自分に克つ」ための自己管理に努める必要があるのです。

今や、近代科学技術を駆使した軍事戦略上からみれば、我が国が地政学的に有利な国だとは決して言えなくなってきています。そのためには、もっともっと外交のレベルを高める必要があります。一方、国内においては、農林水産、科学技術、工業などの国全般に渡る振興に拍車を掛け、国内産品の生産性を高め自給率向上に繋げなければいけません。
そして行政においても、一般の善良な皆さんが及びも付かない価値観や人間性の違う人達と、的確に、間を置かずに問題を処理して行く力量を、政府や官公庁にも保持してもらう必要があります。文化や地理の違う人達の価値観が日本人とは異なり、決して相容れられないものがあるということを前提にして、先ずは当方の安全保障上のガードをしっかり固めた上で、片やどのような相手であっても前向きな交渉を推し進めることができる、極端に言えば呉越同舟ごえつどうしゅうのごとく付き合いきれる賢さや、度量の大きさを持つ国の体質強化が必要なのです。
(*)本来は仲が良いとは言えない者達でも、同じ災難や利害が一致するときには、協力したり助け合ったりすることのたとえ

そのためには、国民皆が、「井の中の蛙」、「ご都合主義」、「事なかれ主義」、「排他主義」、「排外主義」をかなぐり捨て、安易にお金で物事を解決することを控え、「人の命は重い」などという自国民には一見受けの良い理屈を付けて結果としては異国の善良な人達の命をないがしろにしてしまったようなことを今後は決して行わないように、厳しさと寛容性を合わせ持つ国際人として通用する人を育てるための下地作りに努める必要があります。

そして、本当の平和維持国家とは、政府にだけに文句を付けて、自分達には甘いようではできないということを国民ひとりひとりがしっかり自覚することが非常に重要です。そのためには、皆それぞれが自分の力量に合わせて視野が広く、肝がすわり、実践的な人間になるべく努め、それが適わなければそれらの人達の足を引っ張らずに前向きに支援するような立場になることが必要です。

このようなことをぜひご理解頂き、批判や牽制に凝り固まることなく、例え小異があろうとも自らも参加して社会を耕し育てる道を皆と協力して歩みながら、真に強い国家を築いていってもらうことをこれからの人達に私は切に願っています。

言葉を重ねますが、何を言おうと日本は国土が狭く、資源も少なく、それに比べて人口は多く、かつ高齢者の比率が急速に高まっていることを無視してはなりません。国土面積の数字だけみれば、ドイツや英国よりも広く、世界的にみても極端に小国ではないようですが、問題は山間部が占める非可住地面積が広く、可住地面積率でいうと次の数字が示すごとく、まさしく小国なのです(日本 34%、英国 88%、フランス 72%、ドイツ 69%、米国 75%)。
私が一時活動拠点にしていたベルギー国は、国土面積は日本の九州程度で、人口は東京都の人数ぐらいでしたが、ずいぶんゆったりした環境の国のように感じていました。それは英国もベルギー国もほとんど平らな大地ですので、土地を有効に使えるからなのです。

また、現在の日本のエネルギー自給率は6%程度、それでいて世界5位(2013年度)のエネルギー消費大国です。食料自給率(カロリーベース・2014年度)は39%で、先進国の中で最低の水準となっています(アメリカ 127%、フランス129%、ドイツ 92%、イギリス 72%)。
このようなことが、日本の昔からの地政学的な問題なのであり、それを何とか解決しようとして、ついつい短兵急な思考で侵略戦争に手を付けてしまったということを決して忘れてはなりません。

戦争、紛争の大方は、最初は偶発的な事件に端を発して起きるようですが、必ずそれ以前の出来事に要因があり、歴史は続いていることを知る必要があるのです。我が国の近代の戦争を振り返ってみると、明治維新が日清戦争を誘発し、日清戦争は日露戦争の火種になり、日露戦争のしこりは満洲事変、さらには支那事変、ノモンハン事件と連鎖反応をおこし、それらの結果が諸外国の動きを巻き込んで自国を大東亜戦争(太平洋戦争)へと追いやる隙をつくってしまったのです。このことは、本書に載せた年表を時系列的に追ってみると読み取ることができるはずです。
これらの潮流には、冷静にみるとそこかしこに人類としての全世界的な問題が潜んでおり、それらのもとを辿ると欧州やロシアなど諸外国の革命や民族戦争が絡み合った連続的な複数の流れがあり、そのおおもとには工業資源や食料の獲得、住民の生活圏の拡大要求などの経済的、すなわち衣食住と我欲に関連する病根があるのです。

このように、前の20世紀は戦争の世紀とも称され世界的にも各地で大小数々の戦争、事件が続いた時代で、それらがどこかしこで連鎖反応的に影響しあって今に至っていると言えます。本書はその詳細を語ることが目的ではなく、また私は歴史家ではないので、代りに本書末尾にこれはという書籍を紹介しておきましたが、読者の皆さんは紛争、戦争については、必ずこのことを頭から外さずに色眼鏡を外して客観的に、特に国際的な関係を見逃さず、複数の本や情報資料で学ぶことをぜひおすすめします。

とにかく、歴史は一方向から単純にみて解釈してはいけません。例えば茶筒のような分かりやすい円筒形であっても、切り口によっては正円、楕円、あるいは長四角などに見えるように、ものごとは見方、解釈によって様々な形を表すことに注意する必要があります。ましてや歴史は事実であるはずなのに、立場によって語ることは色々で、それらの人達皆が自分は正しいと主張していることが分かると思います。そこに政治や経済の思惑が絡んでいるから、ますます複雑になっているのです。

経験を教えることはできません。しかし、考えることの大事さについて色々な例をもって教えることはできます。皆さんが本書を通して、ぜひ自らの頭で考えることをしていただけるのならまことにもって幸です。
1987年7月に(社)日本能率協会が、それなりの企業人の意見をまとめて、これからの人達に対して次のような主旨の提言をしました。この提言は、企業人でなくても、日常、色々考えるにあたって、どういう思考のしかたをすれば良いのか、そのポイントを的確にうたっていると捉えて、私なりにアレンジした言葉をこれまで多くの若い人に語ってきました。

こんなことで、この記事の最後を、その言葉で結ばせてもらいたいと思います。

・模写から独自の道を創造しよう!    (*後追い、人まね)
・短期最適ではなく、長期最適な発想を!
・部分最適ではなく、全体最適な発想を!
・全体最適から、世界最適な発想に!

大きな夢、強い意志、そして深い感謝の気持ちを持って、基本に忠実に行動しよう!

2016年8月15日
北の仙人  高田 紘一