25bfbca56a809db935192f1022e41034_s前編でご紹介した政府の情報「障害者白書」をご覧になって、いかがでしたでしょうか。ざっと見られただけでも考えさせられることがあったのではないでしょうか。私たちはこれからのあるべき社会のために、これら身近な障害者の状況についてもっと良く知り、その目線でニーズに見合った福祉対策を考えることが必要と思いご案内したわけです。中でも、社会の複雑化と高齢化が進んできた結果、身体だけではなく精神的にも障害を被る人たちが増えてきていることも分かったのではと思います。それにしては、その人たちの自立や社会参加について世間はまだまだ認識と積極性が薄く冷たいと思いませんか。私からみればそのような人たちと五体満足な人たちの仕事のミスマッチについて、社会はもっともっと検討と議論が必要であり、日頃威勢良く為政者を攻撃するマスコミや野党もこのような基本的課題の掘り下げと問題点の追求に対して腰が引けているとしか思えません。政争や批評ばかりしている時ではないはずです。
一例を挙げると、一般人には気がつかないものを見通す力を持ち、時には驚異的な知識と集中力で天才的な偉業を成すことがある自閉スペクトグラム症(アスペルガー障害)に該当する人は、その見えるもの、感じることが一般の人たちと異なることがあるのですが、このような人たちにチャンスを与える特別な仕組みを設けて社会参加をより促すことで、私たちには気がつかなかった社会デザインが描けることが期待できるはずなのです。
*自閉症(発達障害/精神障害)の一つのタイプ;その得意な能力については次の書籍を参照されると良いでしょう。テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン共著、中尾ゆかり訳:「動物感覚―アニマル・マインドを読み解く」NHK出版

また世界を見渡すと身体障害の内容や原因も大きく異なることから、その対策も一様ではないことを知っておく必要があります。先の白書に表れていますように、今の日本では老化による身体や精神の障害者増加が課題ですが、国際的な看護福祉対策としては紛争や難民問題への対応の方がまだその必要度が高いのです。私の子どものころは、日本でも先の大戦で障害者となった、いわゆる傷痍軍人と称される方々が全国各所で痛々しい姿をして見られましたが、現在では表だって見られることはなくなったことから、若者たちの現実感からそれらの印象が消えてきているように見えます。しかし、米国や欧州諸国に行くと、戦争や紛争が原因の身体や精神に障害を受けた若者が今現在でも大勢いて、街や仕事の場でもよく見掛けます。またアフリカや中東地域、東南アジアの一部の国では、砲撃や地雷による若年者の障害者の数が非常に多いのが現状です。まさしく、看護や福祉のルーツをたどると戦争の歴史に行き着くということを思い起こさせるような状況なのです。我が国の医療体制がそのような支援に対してより積極的な活動や受入体制を組むのであれば、資金援助以上に国際的な信頼度が高まることでしょう。

それと、今の日本の若者たちが、はたして前述のような障害者やその支援者たちとどのような考えで、どのような会話を行えるのか、私は心配しています。単なるきれい事で、ピントの外れた会話や態度では深い交流は望めないでしょう。このような実態やそれらの人たちの価値観の違いから、我々日本人とは必ずしも思想信条が同じではない人が世界には多いということをもっと知る必要があるのです。そして、たとえ国内であっても、それを今後の社会的福祉活動に活かすための実務教育や訓練を義務教育の時から行い、早期に身に付け、真の理解力を付けることを、今後の国際社会に馴染むための大事な要件とすべきと、私は強く考えています。

さて、前編の中でも述べましたところの、過去に私が日本の福祉対策の後進性を心配した理由をここであらためて説明しておきましょう。それは、私が1990年代前半に北ヨーロッパに滞在していて、仕事で近隣諸国を訪れた経験からですが、色々学んだ中でも当時の日本が習うべきと思った事の中から特に以下の三点を挙げておきます。

  1. 身体障害者の職場参入:身体の不自由な方々の一般職場への参入が進んでいた。たとえば、私が良く通ったベルギーの厚生省などでは、受付や守衛まで車椅子の方々が役目にあたっていて、その他の実務にも各種障害者が役目に応じて配置されていた。
  2. 障害者の目線で考えられた教育の定常化:ドイツ等での学童における対障害者教育がただ単なる座学ではなく実学となっていた。例えば、視覚障害者が学童を暗室に招待、接待するというような実習とか、バネや重りのついた装具や衣装を着せて、障害者の負担を身体に覚えさせる実践的体験学習が普及していた。
  3. おとな社会を意識した顧客志向重視のサービス:静けさや照明が明るすぎないこともサービスの内という考え方。たとえばスウェーデンの飛行場や駅などは、場内アナウンスも少なく、あっても表示か、静かな案内。うっかりしていたら乗り遅れたり、乗り越したりするような雰囲気で、ある時それをスタッフに尋ねたところ、「静かで落ち着いた雰囲気にすることがお客へのサービスの最優先事項で、自分の不注意によるできごとは当方の責任外です」との回答。確かに、お客も自己責任の文化の中で静かに時間を過ごしていて、居心地が良かったことを覚えています。人口が少なく環境にゆとりがあり、また日本人よりは光に弱いとはいえ落ち着いた国民性であることもあって、たまに日本に帰ると公共施設の喧噪や強い採光が不自然で疲れ、逆に現地に戻ってホットする始末でした。今でも、時々訪れる東京など大都市の駅や空港など公共施設の放送音の異常さは改善されていないと私は感じていますが、皆さんはいかがなのでしょうか? ラッシュアワーとはいえ、あのヒステリックな喧噪が顧客への安全や苦情対策の一環であるとしたら、思慮に欠ける手前勝手な自己防衛策としか思えず、まだまだ我が国にとって公共文化の進化が必要だと私は考えています。

また、今現在、我が国で先進的な福祉用具として報道されている医療機器は、米国では10年以上前にすでに医療現場で実用化されていたものであり、この遅れが当時の我が国の制度や福祉業界の仕組みに原因があったことから、その導入がうまくいかなかった悔しい思いが私に残っています。
このように、福祉やサービスに対する基本思想が当時の日本の実状と異なる現地の状況に直に触れたことで、私にはそれらを先進社会と感じ、自国の現状を残念に思ったと共に、自らも何事においても物事をもっと当事者目線で考え、導入普及にあたっても社会の実状にあった形で広範囲な計画をもって進める必要性を改めて悟った次第です。

誤解を避けるために、私が、なぜこれからの皆さんにこのようなことを述べるかについて、もう少し説明を加えておきましょう。それは私の次の様な体験に端を発しています。
私には恩師にあたる方々がたくさんおられますが、海外では特に米国とスウェーデンの先生から自分の価値観と意識に強い影響を受けました。それら両氏から、米国と欧州という場所と時期が違うにもかかわらず偶然にも同じようなこと、すなわち国際人としての考え方と行動の基本として次のような指導も受けています。それは「日本人は総体に偏狭で、利己主義的な傾向が強いので、君はそのようにならないように気を付けること!」ということが主旨でしたが、日本人である私にとっては聞くには辛い話でした。
しかし、以前にドイツの先生から1970年代に起きた日本赤軍学生による国際的ハイジャック事件とそれに対する日本政府の対応、そしてその後に各国が被った数々の被害を前提に「君ら日本人は、それにしても~」という前置きで非常に厳しい非難を受けた経験がありましたので、これらの時も別々の立場から同様の話を頂くということは、国際的には他国からどのようにみられているか、そしてそれが先方に与える影響はどうなのかということをしっかり踏まえた言動の重要性を実際に学んだ、言うなれば私にとってはありがたい時期だったのです。
私に指導して頂いた方々は、共に国際的な教育者や実務家であり、日頃から世界各国の人間に接し偏った見方をする人ではなく、心の広い方であることを知っていましたので、戦前戦後の日本の政治や経済行動が諸外国に与えてきた影響、そして海外に伝えられる日本人の世論動向など総合的に踏まえての教育的指導と捉えて、その教えを大事にして自分の内だけに収めておかないよう今に至っている次第です。よって、このブログで皆さんに述べていることも、この様な経緯から育まれた私の言葉であることをご理解の上、参考にして頂きたいと思います。

7bae5f4122aa69f6d901c518256e2dc4_s昨今の報道では、今の若い世代、すなわち次代を担う人たちで、進んで海外経験をしようとする割合が減少してきているようですが、もしそのようなことが続くのであれば先に述べたような理由から非常に残念なことと心配しています。当方と先方の文化を双方理解し合う中で、心から議論し、相手を納得させることができるような才覚を持つという人材が増えないという観点からです。自分たちがNormal(正常、普通、標準的)と思っても、国外の日本を理解していない人たちからみればAbnormal(非正常、変わっている)と評されることがたくさんあるのです。それをただ、我々とは文化や考え方の違いなどと単純に判断し、それを無視して物事を進めたり、相手の申し出に反論したりするだけではいずれは争いに巻き込まれるだけです。そのような時の対処の仕方は、語学や理屈の問題ではなく、できれば子どもの時からの付き合い、少なくとも若い時からの人間的交流からしか解決策が発想できないと私は思っています。言い換えれば、それは日本で言う「竹馬の友」とか「同じ釜の飯を食った仲間」というような関係という意味と捉えてもらったら良いでしょう。このようなことを知っていて、国の将来を議論し、人づくりや全体最適、長期最適な対策を打つことが、我が国の今後の大事な課題だと思います。これを国や一部の専門家だけに任せて自分たちは評論するだけのような、他人任せの意識では国際的に通用し、文化を侵されない強い国にはなり得ません。国家としての外交と民間の交流が偏らず相まってこそ、相互に誤解のない関係構築としてグローバル化に対応できるのです。

日本は、資源調達や国の財政運営に必要な財貨を確保するためには独自では生きていくことができない国だということは承知だと思いますが、今後ますますグローバル化が進む中で、「日本の常識は必ずしも世界の常識ではない」ということを若い時から体験的に学ぶ仕組みをつくらないと、いつまでも「極東の不思議な国」というレベルから脱却できず、公の場では相変わらず外野席に座る立場を出られないと思います。
たとえビジナス相手として考えるだけでも、そのニーズと価値観、良し悪しの表現の読み取りは日本流の延長からは思いもつかないことがたくさんあります。今後、食料・人口・難民などの国際的問題が大きくなることは避けられず、おのずと医療や福祉の面でそれら価値観の共有が必要になるでしょうが、日本は自己都合で考えるだけでなく、それらのニーズを掌握し、対応のコツをグローバル化先進国からしっかり学び取っていく必要性を私は強く感じています。それは、先方から好んで訪れる人たちだけを対象にしているだけでは培われないのです。