1a3f87558279214a979a95d7df776a0e_sこの地球上に”生きもの”の源が発生した時期、すなわち「生命史の起源」について、拙著第Ⅰ部「成功する人の条件」では36億年前と書きましたが(p.142その18「ラインとスタッフ」)、第Ⅱ部「Biological Management」では39億年前と書きました(計11箇所)。
注意深い読者からみれば、いったいどちらが正しいのかとお叱りをうけるのではないかと思い、この場を借りてこのことについて説明させてもらいます。

2000年以前の文献ではこの生命史を36億年前と記載しているのが一般的でした。その後、2009年あたりで38億年前、そして現在は40億年前となり、中には40±2億年前という記述もみられます。その根拠として挙げられているのに諸説ありますが、主たる説を要約すると次のようにまとめられます。

  1. 34億6000年前の地層から発見されたバクテリアの化石から。
  2. 38億年前の堆積岩中に見つかった生命に由来すると推定される炭素層の分析結果から。
  3. 実験室での研究結果などから推定して、地球が誕生してから6億年ほど経った40億年前、すなわち地球上に地殻と海ができたその時期の環境条件が生命誕生の要件が最も整っており、かつ宇宙線の影響も少ない深海洋底こそが生命の誕生に適した場であったであろうという、海洋生物学的推論から。

こんなことで、私も初版を書いている段階では、一番確実だと思われる36億年前説を引用しましたが、最近の各種文献をみると38億年前から40億年前の説が多くなってきていることを考慮し、第Ⅱ版では39億年前という説を引用させてもらった次第です。
この約4億年の差は、ヒトの歴史からみると悠久の時間帯ですが、宇宙や地球の歴史からみればあまり大きな差ではないのではないかと私なりに判断したこともあります。

「骨が語る日本人の歴史」の著者、片山一道氏の「日本列島人のタイムスケール:p.22」の表現を借りると、この日本列島に旧石器人が現れた旧石器時代は今から約5万年前であり、その時を100㍍競争のスター時点とすると、縄文人が確認されるのは(新石器時代)で約1万3千年前(ゴール前74.0㍍)、倭人(弥生時代)が約2千5百年前(ゴール前95.0㍍)、倭人(古墳時代)千7百年前(96.6㍍)、中世日本人(奈良・平安時代)千3百年前(97.4㍍)、少し飛んで近世日本人(江戸時代)400年前(99.2㍍)、その後は推して知るべしで、色々あるとは言え人の歴史などは生命史からみればゴール直前の刹那的時間帯と言えるからです。

このように科学の進歩とともに、この生命史の出発点も変化してきていますが、その道の研究者ならいざ知らず、一般の方々にとってはこの辺りの数字は、宇宙や地球の歴史からみれば大きな差ではないととらえてもらったほうが現段階では良いのではないかと私は思っていますし、また変わる可能性もあるとみていても良いでしょう。

私が、第Ⅰ版、第Ⅱ版を通して皆さんに語り、考えてもらいたかったことは、そのような数値的な議論よりも、次のようなことなのです。

  1. 遠大な宇宙や地球の歴史の中で、生命史というものは40億年近い時間をかけて今に至っているということについて。
  2. 私達の身体(構造と機能)のすべては、このような生命史を通して出来てきた進化の蓄積の結果であり、これからもまたその道を歩んで行くという進行形の姿であるということについて。
  3. この生命史の中で、人間の作り成した歴史(文明、文化)のスピードが非常に速まってきており、生物としての人間の構造と機能がそれに追いついていけなくなっていることについて。(この辺のことをもう少し詳しく知りたいかたは拙著「Biological Management」をご参照ください)
  4. スティーブン・ピンカーの最近の大作「暴力の人類史」が、その変遷の歴史について非常に多くのデータを検証した結果として論理的に述べているところの『地球上の暴力(家庭内から地域、異なる部族や武装集団同士、さらには国家間にいたるまで、さまざまな規模における暴力)はまさしく減少してきており、今日、私たちは人類が地上に出現して以来、もっとも平和な時代に暮らしているのかもしれない。』ということが、たとえまぎれもない事実であったとしても、そしてこの傾向がさらに続くとしても、前述の人類史の変化のスピードはこのままでは速まることはあっても遅くなることはないと、推察されるということについて。

    *スチーブン・ピンカーソン「暴力の人類史」上・下巻、2015年2月10日、幾島幸子、塩原通緒訳、清土社発行
    原題:The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined by Steven Pinker

  5. このようなことから、たとえ現代人の寿命が延びているからといっても、私たちが乗っている人類史という時の流れは刻々と速まっているということをしっかり認識し、せめて生物学の原理に則さないことは、私たちの活動に必ずやマイナスの影響を与えると自覚して、成すことすべてについてこのことについての考察と配慮が必要であるということについて。
  6. そのためには、人間と他の生きとし生ける仲間たちすべてについて、そしてそれを包含する自然というものについて、改めて思いを馳せ、科学的な事実を再度学び直し、根拠を持って認識し、それを大事にしなければならないということについて。

私は、これからの時代を引き継ぐ人達に以上のことをないがしろにせず受け止めてもらい、皆との議論を通して考えに考えて、先に向かって最善の策を講じ未来に繋げてもらうことを願っています。
環境問題一つをとっても、私の若かった昭和の時代よりは、今は確かに多くの問題が解決されていることを感じています。それが日本人の平均寿命が長くなったことにも繋がっているのでしょう。しかし、医学的、生物学的、延いては自然科学的には、新たな問題が出てきて、私たち人類の未来について不安感を増大させているのも事実なのです。
世界全体を俯瞰ふかんすると、人口の増加と情報の交流展開スピードの加速は、今のところ如何ともし難い大きな潮流であり、かつ このグローバル経済の状況下ではそれが我が国に与える影響も多大なものになることが予想されます。その様な問題を抱えている中で対策を考えていかないとならないので、それは大変なことなのですが、未来に向かってこのことについて、恐れず、たじろがず、自分達自らの頭で考えて、長期最適、全体最適、さらには世界最適な道を築いていってもらいたいと思っております。
先人達は、先の敗戦という難関を、歯をくいしばって乗り越えてきました。これからは貴方たちの時代なのですから、以上のことについて、明るく元気に挑戦していってもらいたくお願いします。