信頼性の向上と確保

月日が経つのは早いもので2017年もいよいよ師走となりました。
そんな訳で、行く年を顧みて、来る年に向け私達がぜひ備えるべきことを述べさせてもらいます。そのキーワードは「信頼性の向上と確保」なのですが、この時期にこのことについてどうしても書いておかなければと思った切っ掛けについて先にお話ししておきましょう。

杞憂の解消

先般、突然、思いがけない方から連絡が入りました。その方は、私がまだ現役半ばの頃の、私の前任の工場長であった大先輩です。息子さんが運転する車で来道していて、今そちらに向かっているので会いたいということでした。
長い間お会いしていなかったことでもあり、是非ということでお迎えしたのですが、お聞きすると大病を患っての後で、よくぞここまでという様子ながら背筋を正した昔の面影は残っており、本当に久しぶりの懐かしい面会となりました。
顔を合わせて開口一番言われたことは、「君には本当に大変な苦労をかけたな・・・」ということでした。私にとっては過ぎし日のことであり、思いがけないその言葉に面食らいつつも、「いやいや、あの辛さがあったからこそ私はなんとか一人前になれたのであり、今思えばあの時期に本当に感謝しているのです。そのご懸念は思い過ごしですので、ぜひお忘れください。・・・」とお答えし、それからは往時を偲んでしばし語り合いました。
病み上がりと言われる中、遠路はるばるこの北国への旅路の途中とは言え何故私に声を掛けられたのか、お会いしているうちに私にはその方の心中を察することができましたので、それを重く感じ、つかの間の再会の後で去っていくかっての企業戦士の後ろ姿に、あらためて丁寧に頭を下げてお送りした次第でした。

社会に対する義務と責任

確かに、あの頃を思い返すと、ほんとうに色々なことがありました。
当時私が携わっていた仕事は、製造する医療用製品(医療機器や医薬品)の品質を総体管理するのが職務でしたが、扱っていた製品群は手術室や重篤な患者さんを治療するために使うものが多かったこともあって様々なクレーム問題に巻き込まれることがよくありました。それは、今でもそうですが、その製品に起因することでなくとも、医療の手技、病態、流通や保管管理など様々な要因が複合して起きる異常事態が各所で起きるからです。たとえ自社の製品が社内試験結果や公的品質規格に適合しているから問題ないと言うだけではすまないことが沢山あります。起きた事象に対して医療機関、時には当局と共に問題の究明に迅速、適切に努め、万難を排して市場(医療の場)の不安感をのぞく義務と責任があります。
前述の工場長は工学畑の出身であったこともあり、シリアスな問題は専門柄、医療従事者と医学的根拠を持って対話できる私にお鉢が回ってきました。国内のみならず海外にも輸出していましたので、面倒な、例えば重篤な血液媒介性感染症の発生や蔓延した時などには現地の支援も兼ねての出動要請もよくあり、世界各国に向けて飛びました。ある時など中南米の某国でその死亡事故を政争の道具にして対立している最中に行ったこともあり、パスポートを取り上げられしばらく留め置かれたようなこともありました。また、ヨーロッパ某国では私の訪問後に問題が明らかになったということからか担当大臣が自殺したとの報告が帰国して間もなく現地から届いたようなこともありました。
そのような体験談を語れば枚挙に暇がなく、またそういう話は本稿で語る内容でもないことから本論に戻りますが、その頃はともかく必死であって今でも夢に出てくることから、自分ながらよくぞ耐え抜けたと思っています。
もちろんこのようなことで、今でもそれなりの企業の当該担当の方々は日夜奮闘されていて、そのご苦労がいか程のことかを私は痛いほど分かっており、またそのご家族の理解と支援があってこそ続けられる職務であることを重々承知しています。ですから旅の途中などで、例えば空港、港、列車、そして車窓から垣間見える工場や倉庫、工事現場などで汗している方々に対し「本当にご苦労様です!」と感謝とねぎらいの気持ちを心の中で念じることを忘れていません。

そもそも、物づくり否、仕事というものは全てその過程で色々な問題が起きるものなのであり、そのために色々な管理体制が組まれているのですが、その基盤となるものが信頼性管理体制であり、それが品質保証活動で担保されることになります。この体制の善し悪しが企業の力量に繋がるわけで、それなりの企業はこのシステムの構築と強化に多大なエネルギーを費やしています。
問題発生は必ず起きるものと言いましたが、それは必然的であっても、けして当たり前のことと是認しているわけではありません。その連絡を受けた時に先ずは動揺して言い訳を考えるようでは日頃の品質保証体制が機能していないことだと組織に言い聞かせ、緻密な計画を立て実践的な訓練をしておく必要があるからです。
そのために普段から自分たちの業務体制を隅々まで熟知し、徹底的に信頼性向上に努めることが大事なのですが、重要なことはそれが当該現場だけではなく組織全体、すなわち上から下までその役割に応じて決められたことを着実に取り組んでいるかどうかということが鍵になります。上層部が、「当社は国の基準や国際的規範に適合しているから問題ない」、「現場に優秀な者に任せているから大丈夫だ」というような雑ぱくにして傍観者的な思考では不合格なのです。
業務、その中でも特に製品製造というものは非常に沢山の因子で動いており、まさしく生き物と言える機能体ですから、いつ何時、何が起きるか分からないとして十分な監視体制が必要です。その経営のためには自分の気を休めるような性善説はとるべきではなく、いたずらに人を信用するだけでは惨めな人間に成り下がるのであり、それは組織を脆弱にする病根をつくることに繋がるのです。そのために生きた機動的管理体制を敷き、それらを日々進化させ、自らも現場主義に徹して問題の先行管理を行わなくてはならないのです。
さて、ついつい気が入って前置きが長くなってしまいましたが、今回この次年度を控えたこの時期になぜ私がこの掲題のテーマをあえて掲げたかを説明しておきましょう。

真に日本の存在価値を脅かすこととは

それは皆さんもご承知でしょうが、近年、特に今年は我が国の基幹産業である自動車や素材産業など伝統ある企業において、その製造管理体制すなわち品質保証体制の不備欠陥が次々と明るみに出て、我が国がこれまで営々と築き上げてきた製品の品質の信頼性を全くもって損なう問題が続いており、その内容からみてまだまだ隠れている問題がありそうだということです。
その詳細は報道機関からの情報で次々と明らかになってきていますが、私からみればこれらの問題の底辺には共通する問題があると思い、ほんとうに情けなく残念でなりません。
それは、全くもって全社一丸となった品質保証体制が機能していない、言い換えれば企業の中枢がその重要性や恐ろしさを認識しておらず、現場任せになっているからに他なりません。これは正しく経営の失策であり、中枢の責任であって、社会やその会社の従業員に対してその罪は非常に重いものがあると私は思っています。
このことについての改善策は、国際規範も含めて山ほどありますし、それなりの企業の担当部署はそのことで日夜努力されているはずですので、ここで私からくどくど講釈することは控えますが、以下に私の経験から得たその考え方の基本を箇条書き的に記述しておきますので復習のつもりでぜひ読み返してもらいたく思います。
また一般の方々もこれらのことにご理解頂き、安心・安全な社会の維持、向上のためにも厳しい目を向けて頂きたくお願い致します。

品質を維持・向上させるための基本原則

Ⅰ:売上確保や経費削減のための生産性向上は諸刃の剣。
 ・生産性向上はもちろん生産部門の使命だが、それが行き過ぎると必ずと言って良いぐらい品質にしわ寄せされる。
 ・品質向上対策により、時には生産性向上に停滞を来すことがあるが、長期的にはその双方が満たされるということを知って、急がば回れの策をとる必要性も理解しておく必要がある。
 ・品質向上と生産性向上の双方をオーケストラの指揮者のごとく調和させることこそが真の経営であり、そこでの経営者の役割は大きい。戦略の失敗は戦術では補えないからである。
 ・生産性向上は現場サイドでも目的達成が可能であるが、品質保証の確立は全社全員が参加しないと達成されない。このことから品質向上と確保は経営者の責任となるのである。
 ・以上ことを踏まえた組織の総合的業務品質の維持向上が為されてこそ成果物の品質(=信頼性)も確保される。

Ⅱ:品質管理は人質管理、品質向上は人質向上によって充実する。
 ・品質とはただ単なる生産物(製品)にだけに該当するのではなく、それらを向上、確保する業務の質、人材の質、組織の質(仕組み)を高めることで為し得ることである。
  これは製品が顧客に届くまでに携わる人達はもちろんのこと、保管管理や市販後に顧客対応するまでの全ての人達に共通する課題である。
 ・信頼性とは人品の質を高め、それを低下させないように確保することから生まれる。
 ・何よりも大事で、かつ効果があるのは携わる人達自身の人間的品質向上とその確保である。
 ・人の品質を高めるのには、IQだけにとらわれていると失敗する。
  EQ**に注視することを忘れてはならない。

    * IQ:Intelligence Quotient 知能指数
    ** EQ:Emotional Intelligence Quotient 心の知能指数(感情的知能)

Ⅲ:品質保証の三原則(極意)

  その1)ミッション経営 ⇒ ミッション・リーダーシップ ⇒ ミッション・マネージメント

    *ミッションmission(任務、使命)精神的、道徳的な態度特性を持った人間的に価値の伴う目標管理

  その2)QCからTQC**へ、TQCからTQM***へ!

    *QC: Quality Control 品質管理
    **TQC: Total Quality Control 全社的品質管理
    ***TQM: Total Quality Management 総合的品質経営

     その3)人は誰でも間違いを犯す Anyone makes a mistake.

明日に架ける橋の土台づくり

以上のエッセンスを咀嚼し、不備と思えることは勇を鼓し、万難を排して見直し、来る年に向かってぜひ改善を進めてもらいたいのです。
品質保証は一朝一夕にして成るものではありません。しかも、その体制に一端穴が開きだすとたとえそれが小さな欠陥であろうとも見逃し放置することでそれが拡大し総体が一気に崩れだし、その組織の命運を左右することになります。
これは、小さな穴から大きな堤防が崩れ、水害に至る経緯とまったく同じ現象と心得るべきなのです。それを予防する一番の鍵は人材とその組織の組み方、コミュニケーションのあり方です。
ですから経営陣はその体制の向上と確保に心血を注がねばなりません。この失敗の本質をどうして気が付かないのか、忘れるのか、本当に残念でならないのです。

これまでの話で、品質向上と確保、すなわちその保証は生産部門だけの問題ではないことがお分かり頂けたでしょうか。国際比較から我が国のホワイトカラー(非生産部門の人達)の生産性が低いと言われて久しいことは皆さんもご承知だと思います。
今後、政府の方針で国を挙げての「生産性向上」運動に拍車が掛かることになるはずです。その時、それはただ単なる生産部門の問題だと考えていると、結果として非生産部門の人達は苦労することになりかねません。具体的に言うと、これまでお話ししてきたことで気が付くと思いますが、これからの生産性向上対策は組織総体の情報連絡システムを完全にデジタル化していくことが基本になります。今すでに自らの机の上や、周囲に紙資料が何もない人や組織であればその流れに乗るのに苦労はないかもしれませんが、そうでない人達や組織がまだまだ多いことを私は見てきています。組織統合の仕組みに真の効率化のメスを加えずに、ただ単なる表面的な効率化を進めていくと、その先で業務品質が損なわれて大変なことになりかねません。
為政者はこのことに十分気を配る必要があります。
実態を掌握しないままの人任せの効率化(電子化)は表面的には改革が進んだようにみえても、そこから吐き出される結果は間違いだらけで、それを見つけ修正するという仕事が山積みなって、結果として生産性低下となるような失敗が往々にして起こり得るのです。そのために信頼性工学を駆使した対策が必要なのですが、予算をケチって形だけの機能不十分なシステムを組んでしまうと、いわゆる安物買いの銭失いになってしまいます。
自分たちの為すべきことを疎かにして、面倒だからと他所に任せっぱなしすることでイニシアル・コストが膨らみ、低減するはずのランニング・コストも増加し、結局は何のための生産性向上なのか分からなくなっている組織をいくつも見てきています。効率化を目指して行ったICT改革が非効率を生み出し、トータルとして生産性低下に至ったというような笑えない事実が意外に多いのです。
これらの話は全て先ほどお話ししたTQMに関係してきます。
*ICT(Information and Communication Technology 情報伝達技術)
メーカーのみならず社会のすべての企業、官公庁、その他の組織が総合的、統合的に機能するようになってはじめて強い社会が生まれ、個人としても気の休まる人生に繋がるのです。少子高齢化が加速する我が国は、今こそ、この課題に国民一丸となって挑戦する必要があるのです。

以上のことを我が国の明日に架ける橋の土台(橋台・橋脚)と捉えて、その強化のために参考にして頂けるならば私として望外の喜びです。

(了)