c47605cefcee4633f60fd85908cf025d_s先日、私は、当ウエブサイトの「学び舎開設にあたって」の中で、次のようなことを述べました。
『日本人の平均寿命は、女性が86.83歳、男性が80.50歳となり(2014年度)、女性は連続して世界1位、男性は香港、アイスランドに続き世界第3位の長寿記録を更新しています。また、課題となっていた「健康寿命」(日常生活に支障のある病気にかかった期間を除き自立して過ごせる期間)も、英医学誌ランセットによると日本の女性が75.56歳、男性が71.11歳(2013年度)と、男女ともに世界1位に至っているとのことです』と。
更にこれに付け加えると『2015年9月時点で65歳以上の高齢者の割合が26.7%と過去最高を記録、80歳以上のお年寄りが1,000万人以上を越え、世界で最も高齢化が進んだ国』との政府の推計に基づく報道も出ています。

これら報告の中で特に注目すべきことは「健康寿命」が延びてきているということであり、この背景には医療において治療のみならず予防医学や国民の健康管理の向上が寄与してきていることもあると考えられ、このことは増大する社会保障費に対して抑制効果があることでもあり好ましい傾向と言えます。しかしながら、65歳以上の非生産性年齢層が人口の4人に1人と増加してきているということは、このままにしておくと今後の我が国の国力からみると大きな負担にもなることであり、これを一方的に次代の人達の足かせにしないためにも、高齢者に該当する人達自身もあらためて対策を考えるべき時期にきていると言えます。
『自分達は、今まで散々苦労して、家族、職場、社会に尽くしてきたのだから、もうよいでしょう。あとは自由奔放に好きなことをして、残りの人生を楽しく過ごさせてもらいます!』という気持ちは、私もその年齢層ですから理解できます。また、ある年齢以上になると、どうしても社会のお世話にならざるを得なくなるということも、我が国の今の人達であれば皆了解していることです。

そうであるからといって、戦前、戦中にご苦労された後期高齢者以上の方々であるならいざ知らず、戦後生まれで老年に入りつつある最近の人達は、私からみると無為無策のまま遊びすぎではないかとみえるのです。せっかく健康寿命を謳歌できるのですから、お金を使うことは結構なことなのですが、「自らのことは自らが養う」、「お世話になった社会に何らかでお返しをする」、「今 苦労している青少年や次代を担う人達に好まれ、頼られる人間となるよう研鑽する」等々、残る余熱をもっと有意義に燃やしたらどうかと思えるのです。今の世の中ですから、昔のように苦労をしなくとも自分に合った価値ある仕事を考えるならばやることが沢山ある筈です。ただ、このことを、真剣に、真面目に考えていないから、思いつかないのではないのでしょうか。

前段で、健康寿命が延びていることは好ましい傾向と述べましたが、この世の中には色々な理由からそう願っても長寿を全うできない方々も少なくないということを知らなくてはいけません。
そういう理由からも、寿命が長いことだけを強調して良いことだと言うべきではないのです。
それよりも、「生き甲斐を感じる」、「生きていて良かったと思える」、「過去の経験が、今の自分の自信になっている」という、中身を尊重した人生を目指すことを国や行政も含めて大事にすべきなのです。
これまでの歴史をみてもお分かりのように、長生きしなくとも歴史に残る偉業を為した方々が沢山います。長生きしようが、短命であろうが、亡くなってしまえば当の本人は分からないのです。分かるのは生きている間の、或いはその終末に本人が感じ取れるということであり、それが価値ある人生であった、生きていて良かったと思えるのが、人生を全うしたことなのです。それこそが本当の意味の長寿と言えるのであって、ただの物理的な時間の長短の問題ではないのです。各地域、各産業で、高齢でも理屈無くしっかり働き続けている方々を見ても分かるように、「あえて長寿を目的にしないことが、長寿の秘訣」ということを悟るべきなのです。

f64fb60e68da320c253be412c7eea3d4_s繰り返しになりますが、このように、考え方を変えて人生の目的を更新すれば、人生の長さは如何様にでも思えることを知ってもらいたく思います。私の、8月4日付けのブログ「生物としての私達の出発点」にも書きましたように、科学的生命史からみれば個人の人生の長さなどはまさに刹那のごときであり、40歳であろうと80歳であろうと、その差は無いに等しいと言えるのです。要はその間に込められた価値の大きさ、重さが大事なのですから、ただ単に歳を長引かせることより、その努力を価値ある時間を過ごすことに努めることが自他共に意義があると考えるべきなのです。そう悟って前向きに行動すると、人からも疎んじられず、余計な悩みも減り、安心感も高まってくることに気が付く筈です。こんなことから、根拠に乏しいサプリメントや、過剰な運動で見た目だけをつくろうことはお金と時間の無駄遣いと心得て、もっと人間性を高めることに努力して、陰ながらでも社会性のあることに汗する方が、結果として不思議と長寿に繋がる確率が高まるものなのです。

以上のことに異論があり、腹が立つような該当者の方々には、次の本を推薦します。

ヴェルマ ウォーリス著、亀井よし子訳 「二人の老女」 思想社文庫
原著:Velma Wallis 「Two Old Women」

これは、飢餓の冬、一族の仲間から置き去りされた老女二人が、人間の生きる力と若者に頼ることで忘れかけていた過去からの知恵と経験を駆使して生き抜き、結果として若者達から捨てられることがなくなるどころか、尊敬されるようになったということを語り継ぐアラスカ・インディアンの感動の説話です。

それと共に、この後の私のブログ記事「仕事の意義について」をお読み頂き、ぜひ社会的にも、自分に対しても意義ある人生とは何かということを再点検してみて、本当に生きていて良かったという道を築いてもらいたいと思います。どんな世になってもそう生きるに良いことばかりではありません。実際には、人生はどんな人でも、どこにあっても生きづらいものなのです。それを生き抜くすべに気が付き、あきらめず希望をもって身に付けた時にこそ、頑張った甲斐のある人生を得られるのです。この様な歳を重ねた経験は、例え失敗談でも若者達には参考になります。それを吹聴したり、押しつけたりするのではなく、聞いてもらえるようになることです。そのためには、先ずは年輩者が若者達の話しを良く聴いてあげ、理解してあげることが先です。このように落ち着いた、人間味のある年配者が増えるならば、例え高齢者の割合が増えても極端には困らない社会を築くことができるはずです。
孤独に強く、最後の最後まで他人ひとに世話にはならないで生き抜けるような年配者を目指しましょう。そのためには、もう少し野生に見習うべきです。