本報の要旨

『私たちの大脳が持つ様々な機能は、見方を変えて表現するとコンピュータで言うアプリケーション・ソフトウェアに相当すると私は考えています。それらは私たちが生物の長い進化の過程で獲得し、ホメオスタシス(恒常性)を維持するために備えられた生き物としての貴重なプログラムだからです。
そうであるはずなのに、生活習慣や環境が誘発する異常な「好奇心」が引き金となって発生するホルモンや脳内物質の過剰な分泌が、大脳辺縁系の内部を不必要に刺激し、大脳新皮質からの理性の働きをも無視して、当人を反社会的行為に走らせてしまうようなことが往々にして起こります。
このようなことは、誰でもが人生を生きてゆく上で大なり小なり抱える問題でもあるのですが、本人の強い信念や、理解ある人の親身な介助で昇華されないかぎり、「好奇心」というものは当人を尋常でない言動へと駆り立て、望むと望まざるに拘わらず不徳な行為へと手引する、言い換えれば心中の悪魔の化身に変貌する代物しろものでもあるのです。
本来は、このような時にこそ理性や良心の働きが必要なのですが、どうしてその歯止めが効かない時があるのでしょうか。その起こした結果からみると、人間のさがとはなんと惨めで悲しいものなのかと思わされることがよくあります。
本報ではこのようなことを主題にして「好奇心」というものについて以下の内容で、その発生する場所、発生する機序、発生後の過程、弊害などについて解説しますので、悪い好奇心を増長させて性癖せいへきとして居座らせるのを防ぎ、良い好奇心を育て上げるための一助にして頂きたいと思います。』

本文の目次

はじめに
1. 好奇心の湧き出る場所とその切っ掛け
2. 関係する脳神経系の構造と機能の復習
3. 好奇心は哺乳類だけが持つものなのか
4. 生体内の情報伝達の仕組み
5. 好奇心が異常行動や犯罪に結びつく例
6. 好奇心がもとで中毒にまでいたる習慣性のある行為の発生機序
7. 理性を効かなくする原因とその機序の例
8. よこしまな好奇心を増長させ、理性を弱め、快楽に手引するものたち
参考文献

はじめに

やっと9月になりました。
カーテンを開けると青空を背にして、まだ草色の栗のイガが朝日に光って目に入るようになってきました。ナナカマドの実はいつの間にか赤くなっています。
畑の上をアキアカネが早くも編隊飛行をしながらその透き通る羽根で朝日を跳ね返しています。朝露で濡れたカボチャのヘタ・・はすでにコルク化が進んでいますので、そろそろ収穫時期です。一ヶ月ほど日陰に保管しておくと中身がホクホクと熟して糖度が増し、外皮の黄色い箇所がオレンジ色に変わってきますので、そうなれば食べ頃です。ジャガイモは「男爵」と「メイクイーン」の両方をすでに収穫済みで、色々な形で食卓に上がってきますが、日が経つほど熟して来るのが分かり、舌鼓を打ちながら堪能しています。

冒頭に「やっと」と言ったのは、今年の夏は例年より慌ただしく感じていたことからホッとした気持ちがあるからです。そのひとつ目は、私が居る北海道を除く日本各地の猛暑と洪水などの災害が特にこの夏に重なって、連日のそのニュースが続いていたことから、中央で過ごしていた期間の長い私にとってはどうも落ち着かなかったことが原因です。ふたつ目は、我が家に夏休みとお盆休みを使った帰省者や来客があり、例年より多い総勢8人の宿泊者の履物で玄関土間が、あたかも遠い昔の学生寮を思い出させるにぎわいとなり、それが去って行った後には「やれやれ」という安堵感と、「行ってしまったか」という喪失感が我々夫婦に残ったからです。

月が明けた9月は旧暦名では「長月ながつき」ですが、その由来は諸説あるものの私は「夜長月よながつき」というのが秋の風情に合っているように思います。しかし、外気温からみると本州では「長月」と言いながらもまだ「晩夏」が続いており、手紙の時候の挨拶に使われる「灯火親しむの候」は10月以降が相応しいのでしょう。
この北国ではサンマがとれ出した今頃からが初秋で、月半ばになるとこの季語を使ってもおかしくない秋涼の日が続き、おのずと読書欲も旺盛になってきます。
そんなことで皆さんに好奇心をいだかせる写真を挿絵として入れておきました。
庭のアマガエル達も鳴くのを止めて読書に勤しむようになり、今年7月18日付けのブログに登場させた恥ずかしがり屋のケロノスケ君も今や掲載の写真のごとく本をひもとき賢そうになったのですが、そこに好奇心をもって近寄ってきたのは「スズムシ」君です。生態系に詳しい人は「北海道にスズムシはいないのでは」と思われるでしょう。そうなのです。北海道であれば秋の虫の代表である「コオロギ」を置くべきなのですが、庭先にいるものたちは日々成長してきているものの今は合奏の練習で忙しそうなので、以前から私の書斎に居る同じ秋の虫でも本州に広く棲息する「スズムシ」の工芸品に代わってもらったしだいです。
こんなことを書いている最中の9月6日に、この北海道では数十年ぶりの地震(北海道東胆振いぶり地震)が発生しました。幸にも当地周辺と我が家はまる1日の停電だけで物質的な被害はありませんでしたが、ご心配の連絡を頂いた方々にこの場を借りて御礼申し上げます。

さて、いつもながら歳時記調の前置きが長くなってしまいましたので、ここらで本論に入ります。
私は、これまで皆さんに「私たちの脳の働き」について自分のウェブサイトからのブログや出版書籍などを通して解説してきました。それは複雑化する社会において自分自身の精神活動を健全に保つためにぜひ参考にしてもらいたい基本的な話題を提供することが目的でした。
中でも、今でも、いや今だからこそ大事となった私たちの「理性」や「良心」が存在する場所のことや、それを維持向上させるヒントについて、この5月に出版した拙著「良心はどこで生まれて、どこで育つのか」の中でお話ししました。
今回はその続きなのですが「私たちの知の源泉となる好奇心はどこにあって、どのように出てくるのか」について関連することも含めてこのブログ記事を通してご説明します。
「好奇心というのは人を良くも悪くもする精神活動」ですから、ぜひ大事にあつかってもらいたく、冒頭の「本報の要旨」を含めじっくりお読み頂き、参考にして頂ければ幸です。

1.好奇心の湧き出る場所とその切っ掛け

さて、本報の掲題とした「好奇心」というものは何かの拍子に湧き出てきて、私たちの行動に良くも悪くも影響を与え、内容によっては人生を左右するまでのものなのですが、それはどのような時にどこから出てくるのでしょうか。
先ずその源泉となるところからお話ししますと、ズバリ言って私たちの大脳内の「大脳辺縁系」という領域がその所在になります。
この場所は次の機能領域:前帯状皮質、帯状回、扁桃体、海馬・歯状回、海馬傍回、脳弓・乳頭体、側坐核で構成されており、その詳細はここでは省きますがヒトでは情動、食欲、性欲、睡眠欲、意欲などの本能的行動の源であり、また喜怒哀楽、情緒、神秘感覚、睡眠や夢をつかさどり、短期的記憶や自律神経活動などにも関与しています。ですからこの場所がいわゆる哺乳動物の基本的行動の中枢になる場所であると理解してもらっても結構です。言い方を変えると人間として高次な思考や行動制御機能を持った大脳新皮質の働きが関与する以前の赤裸々な動的行動の中心となる機能を発現する場所がこの大脳辺縁系に当たるわけです。
もちろんこの場であっても何もせずに好奇心がひとりでに湧き出してくるのではなく、私たちの持っている感覚(臭覚、視覚、聴覚、触覚、味覚などの五感)や想像(夢想、空想、幻想、妄想など)からの刺激がもとになって、この「大脳辺縁系」に存在するその刺激に該当する領域が興奮し、それにより関連する神経組織や内分泌器官などにその興奮が伝達され、内容によっては即時的な行動を起こさせるという過程があるわけですが、その多くは早い段階で起こる生理的興奮であり、それより上方の前頭前野の制御機構(理性)の適度な歯止めが利かなければ情動的行動に走ってしまう、いわゆる暴走現象を起こしやすい場所でもあります。

2.関係する脳神経系の構造と機能の復習

このことについてより理解してもらうために、ここで私たちの脳の構造と機能の復習をしておきましょう。すでに私の既刊書「良心はどこで生まれて、どのように育つのか」をお読みになった方はお分かりかと思いますが、私たちに脳神経系はあたかも動物の進化の後を辿るように積み上がったような構造をしています。一番根元になる部分は脊髄の上端に連なって幾つかの領域で構成されている頭蓋骨内の「脳幹」(延髄、橋、中脳)であって、ここはまさしく自律神経の中枢であり、心拍、呼吸、摂食、飲水、体温調節、性行動などの、どの動物も保有する生きるために必要な実動的な反射脳です。
その上に被さるように存在するのが「小脳」や「大脳辺縁系」なのですが、特に「大脳辺縁系」は先に述べたような各種機能体で構成されており、「喜び」、「怒り」、「愛情」、「恐怖」、「嫌悪」などの情動中枢であって、端的に言うと身体の内部や外部から入る刺激を「快あるいは不快」として判断し、次の思考や行動に表す、言うなれば個人によって異なる性格や経験が反映する場所とも言えるのです。
この「大脳辺縁系」の上部をさらに被うように発達してできたのが「大脳新皮質」であって、ここは「記憶(長期)」、「知能」、「言語」、「倫理」などの中枢であり、他の動物に比べて人間が特に発達している場所でもあり、「理性」や「良心」はこの「大脳新皮質」の最外層(前頭前野の皮質)に存在していることが分かっています。

3.好奇心は哺乳類だけがもつものなのか

ここまでの解説でお分かりだと思いますが、「好奇心」というものは必ずしも高次の脳神経活動ではなく、色々な刺激がもとで起こって、先ずは好き嫌いの感覚的判断が基本になっている極めて性格、習性が表れでる領域なのです。
そうであるのなら哺乳動物まで至らない動物達の捕食や採食、逃避や攻撃などの行動を起こす感覚受容体(哺乳動物で言えば前述の五感)からの情報で興奮する動きも好奇心の表れと言えるのであり、鳥、爬虫類、魚、さらには昆虫などが日常行っている捕食や逃避行動も、それら動物の好奇心に起因するものがあるのではないかと私は考えています。すなわち好奇心を持つのは必ずしも「大脳辺縁系」が明確に発達している哺乳類だけと言い切れないのではないかというのが長く自然に親しんできた私の見解なのです。
皆さんが学生時代に学んだはずの「生物学」のおさらいなのですが、動物の神経系は神経中枢(脊髄や脳)が無く神経が網状になっている散在神経系と、神経中枢があるかご形神経系はしご形神経系管状神経系に分かれます。後者になるほど進化したものに存在するのですが、その代表的な動物をあげますと散在神経系はヒドラ、かご状神経系はプラナリアなどの扁形動物、はしご状神経系は節足動物(昆虫類)や環形動物(ミミズ、ヒル、ゴカイなど)、管状神経系(脊椎動物)となります。人間も脊椎動物ですからその神経系は管状神経系に分類されます。
これらの動物達は何のために神経組織を持っているのか。それは直接的には捕食、採食のための攻撃、あるいは逃避のためにそれを使っているということは想像できると思いますが、より広く言うと「生きること」、すなわち恒常性(ホメオスタシス:生きるために生体を一定の生理状態に維持し続ける仕組み)を保つための機能を采配する神経系の働き(神経相関)なのです。

4.生体内の情報伝達の仕組み

それでは私たち生物の体内で、身体の外から、あるいは体内各所同士の刺激情報を伝える仕組みは先に述べた脳神経系の神経相関だけがその役割を担っているのでしょうか。実際にはそれだけとは言えない巧妙な仕組みがあって恒常性が保たれているということについてもお話ししておきましょう。
これを生体内の情報伝達という観点からまとめると次の二つの方式(相関関係:相関)で行われています。
その一つはこれまで述べてきた神経相関という仕組みです。
これは進化の進んだ動物ほど、その仕組みの複雑さからも、使うエネルギーからみても必要欠くべからざる重要器官となっています。
その基本構造としては中枢神経系と末梢神経系がありますが、いずれにしても神経線維を経由して情報が発信、受信されながら伝わっていく仕組みです。その情報信号として神経線維内を走るのは主として生理的な電気信号です。ただし、神経は身体の中を行き来していますが、身体の隅々から脊髄を通して脳などの中枢に向かって走る神経線維(求心性投射ニューロン)も、またその逆に脳から身体の隅々まで脊髄を経由して走る神経線維(遠心性投射ニューロン)も初めから終わりまで連続した一本の線維ではありません。何カ所にも中継所があり、それら神経線維の断端間の隙間を経ながら情報を超高速でバトンタッチして行きます。その情報を伝える箇所で行われる方法、言い換えるとニューロン(神経細胞単位)から出る軸索突起(神経突起)の末端(シナプシス)が次のニューロンに情報を伝えていく方法(シナプシス同士の信号伝達)は、そこまでの神経線維内を伝わって来た電気信号を、その隙間だけは化学的シグナル伝達に変換して(カルシューム、ナトリューム、塩素などのイオンが濃度による拡散移動方式で)伝えるようになっています。また、この他に後で述べる脳内物質もこの働きに関与していることも分かっています。例えば「ドーパミン」ですが、これが過剰に流れて行くと幻覚や興奮などの統合失調症に関する症状が起きることからこの流れを調整する抗精神薬が処方されることがあるのです。

次いでもう一つの生体内情報伝達方式は液性相関という仕組みで、この主たる方法は次の三つです。

  1. ホルモンや各種生理活性物質が体液流(血流やリンパ液流)に乗って目的の組織細胞に行って情報を伝達し機能を発揮させる仕組み。
  2. 免疫情報を持った細胞(免疫関連細胞)や特定の免疫性蛋白質が同上の体液流に乗って目的の組織細胞に到達し、免疫情報の授受を行う伝達方式。
  3. 近縁の組織細胞間同士で拡散・浸透方式で生理活性物質を届け、目的の生理的活動を促し機能を発揮させる方式。(消化管の粘膜上皮細胞間など)

このように動物は神経相関と液性相関の二種類の伝達方式を組合わせて必要な情報の相互交信を行い、恒常性(ヘモスタシス)を維持しているわけです。なお植物においても液性相関に類する方法の組合わせで内部情報の伝達が行われているようで8)9)、新しい研究として世界各所でその追及が行われ、興味ある報告も色々出ているのが現状です。

5.好奇心が異常行動や犯罪に結びつく一例

私たちは、「好奇心」というものが両刃の剣であることをわきまえる必要があります。これまでの話でお分かりになったと思いますが、好奇心が発する場は「大脳辺縁系」内であって、この場所は(見た目は)哺乳類が持つ領域であり、人間の成人特有の場所すなわち大脳の進化の過程から言うと正常な人間の成人が持つ「大脳新皮質」が成長しきる前の「理性」という制御の仕組みが同時並行的に直接関与しきれない領域だからです。よってどのような人間であっても理性や良心が後付けになるがゆえに、良い面ではそれが幸いしてたじろぎのないするどい好奇心から奇抜なあるいは類をみない発想や行動が出てくることもあり、時にはそれが先駆的なこととして社会に役立つことにも繋がるのです。しかし反面、それが多くの非行や犯罪の原因にもなることも多いのです。特に性犯罪などはその典型的な事象です。
ここでそれに関連する論文を紹介しておきましょう。ドイツの英文の論文ですが、それを日本語で紹介した「ポルノを見ると脳は縮小するのか」といタイトルの記事です。後の参考文献10)にそのアドレスを記載しておきますので興味ある方は読んでみてください。

6.好奇心がもとで中毒までいたる習慣性のある行為の発生機序

脳神経系内では皮質(灰白質)と髄質(白質)が明確に分かれており、大脳内では皮質が髄質を包むように配置されています。皮質は神経細胞が存在する場所でその神経細胞から出た軸索突起(神経線維)が集まる場所が髄質なのですが、その流れを解剖学的に辿っていくと大脳表層の神経細胞から大脳内部に向かって神経線維が流れ、脳幹を経由して脊髄に向かっていることが分かります。神経伝達は神経中枢から末梢へ(遠心性) 、末梢から中枢へ(求心性)と双方向で行われていますが、その双方向の神経回路が頭部から脊柱内を経て身体内の隅々まで発達しているのが哺乳類なのです。
しかし、皮質と髄質の明確な配置構成区分にも例外があり、またそれが重要な機能を担っていると共に、本報に大きく関係する場所でもありますので、少々細かくなりますが説明しておきましょう
それは大脳内で体積比率が多い髄質の内部に何カ所か島のように孤立して存在する皮質が存在するということです。脳の割面を注意して見ると内部の髄質内に肉眼でも薄らとその存在が分かるのですが、この島状の領域を「核」と称し、ここには神経線維の中継や分岐に関与する神経細胞群が存在しています。すなわち脳の表面一体にある皮質内の神経細胞から出た神経線維が、その直下の髄質に入って束になって目的の場所に走る途中でいったんこの核の中を経由し、その中にある神経細胞で情報がコントロールされてから、あらためて目的の場所に向かって走る仕組みになっています。この核として主要な扁桃核側坐核は体中の感覚器官が感知し伝えてきた記憶認識情報を迅速に判断して、必要な指令を発するというような生命活動にとって重要な働きを担っており、そのためここの障害により大きな機能障害(多くは精神疾患)を来すことがあります。

最近の研究で、生体内外の刺激によりこの扁桃核から側坐核への興奮伝達が報酬探索を促進することが報告されています3)。これを分かりやすく言うと報酬(過去経験した快感)を求めるいわゆる依存症に関係する場所ということになります。以前から側坐核は依存、乱用、習慣など中毒に関係する部位であることが立証されています。
すなわち、これら「二つの核」は快感、虚偽などのほかに行動嗜癖しへきにも関係する部分でもあり、この部の障害は当人のみならず社会に与える影響に大きいものがあるのです。行動嗜癖とは次ぎに説明するアルコールや麻薬などの精神的作用物質ではない特定の行動やその経過に快感を覚えて発現する依存症のことで、これはギャンブル、インターネットゲーム、窃盗、買物、暴力、自傷、過食、放火などに対して極端に快感を覚え、こだわり、再発に走る傾向が多い精神障害です。
なお、近年ここで使用した嗜癖Addictionという言葉のうち、ある特定の物質を特に好む性向を「物質使用障害群Substance Use Disorders」として明確に定められました(精神疾患の分類と手引きDSM-5)。この中にはアルコール、カフェイン、大麻、各種幻覚薬、吸入剤(トルエン、ガソリン、その他特定不能吸入剤)、その他(オピオイド、鎮静薬、睡眠薬、抗不安薬、精神刺激剤、タバコ)が含まれています。
ここでなぜ私がこのような専門的な細かい事まで立ち入ったかということなのですが、好奇心がもとで中毒までいたる習慣性のある行為に私達の身体のどういう場所が関与していてその機序はいったいどういうことなのかの一端を一般の方々にも知ってもらうことが必要だと考えたからなのです。また、買物、ギャンブル、セックス、ゲーム、賭博などの異常行為(依存、乱用、習慣、中毒)もまた同様の部位が関与している、言うなれば精神疾患の一つであることを皆さんに科学的に知ってもらいたいということもありますのでご理解ください。

7.理性を効かなくする原因とその機序の例

その典型的な例として、アルコールや麻薬類が好奇心を増長させ性癖せいへきの習慣化につながることについて説明しておきます。すなわち、お酒(アルコール)を飲むと理性が効かなくなることについての体内の作用機序についてなのですが、先ず理解しておいてもらいたいことは脳神経系には血管が非常に良く発達しているということです。ヒトは特にそうなのですが、それは脳の働きを助けるために血液循環量が多いことを示しています。神経細胞が正常に機能するためには糖分(グルコース)や酸素の供給が潤沢であることが必要なので、バイパスも含めて血液経路が綿密に発達しています。何らかの原因でこの循環量が減り、脳への酸素やグルコースなどの栄養分が減ると、当人は眠気に襲われ、早期に意識障害、卒倒、昏睡に陥ります。
脳組織内を走る血管の最終領域(微少循環網)とその近接の脳神経細胞の間には特別の関所(脳血管関門Blood-Brain Barrier, BBB)があります。これは外部から血液やリンパ液を介して入ってくる可能性のある有害物質(化学的、生物学的毒物)から神経細胞を守るために、それらを見分け、血管からの漏出を阻止するための特別な仕組みが備えられているわけです。しかしながら、脳の構成成分がコレステロール、リン脂質、DHAなどの脂質であることから、脳組織の物質交換の便宜上、脳血管関門では脂溶性物質が通過しやすくなっています。ということは血中に溶け込んで回ってくるアルコールや麻酔薬、シンナーなどの脂溶性物質がこのバリヤーを容易に通過して神経細胞に直接作用してしまうことにもなります。
飲酒を例にして説明しますと、アルコールは胃粘膜から早期に吸収されるのですが、そこの毛細血管から門脈経路に入り、全てが肝臓で分解されないまま脳に運ばれ、脳血管関門をすり抜けて神経細胞に直接作用することになります。その作用発現は、先ずは広範囲に微小血管網が発達した大脳皮質の働きを不活化し、量が多くなると個人差や民族差はあるものの早期にその場を麻痺させることになります。次いでその下層の大脳辺縁系の感情や記憶領域も麻痺させ、さらに増え来たるアルコールは小脳をも麻痺させ、次いで脳幹を麻痺させることになります。
これでお分かりになると思いますが、お酒を飲むと早期に大脳皮質、中でも理性の場である新皮質が担う行き過ぎの制御作用・・・・・・・・・(品行)を乱し、ついで大脳辺縁系の感情や短期記憶領域を興奮あるいは減弱、停止させ、さらには小脳が麻痺すると千鳥足などの運動障害が発現し、その先は個人差があるものの脳幹の麻痺により呼吸や血流障害が発生して昏睡に落ちるというような、いわゆるアルコール中毒の典型的な経過を辿ることになります。加えて、深酒の翌朝は酩酊による大脳辺縁系内の短期記憶中枢(海馬や海馬傍回)の一時的麻痺による前夜の記憶喪失、さらに肝臓で分解されずに残って血中を循環するアルコール分解産物(アセトアルデヒド)の毒性による頭痛、吐き気、寒気などにおそわれ、はなはだ不快な時間を過ごさないとならない羽目に落ちるのです。
脂溶性の化学物質であるシンナーや麻薬類の多くも同様な作用機序で当人を苦しめるわけですが、この時にアルコールと同様に酔った時のつかの間の快感は脳内記憶として強く残ることから、その強い要求(渇望)が理性の壁(精神力)を乗り越えてさらなる悪習を積み上げることにつながるのです。

8.よこしまな好奇心を増長させ、理性を弱め、快楽に手引するものたち

私たちの体内には生体機能を活性化させ、持てる力を発揮させるための仕組みが色々備えられています。これは生物の生命史で数えると39億年、陸上動物の歴史では4億年、哺乳類の歴史では1~1.2億年、ホモサピエンスの歴史からは20万年という歴史の中で獲得してきたものとされていますが、いずれにしてもこの長い歴史の中を生き延びてくるにはその体内のそこかしこにマクロ、ミクロの進化の積み重ねがあったからこそと言えるでしょう。その進化で獲得した構造と機能は有形、無形のものがありますが、ここでは内分泌器官や脳神経系が持つ裏技をご紹介しておきましょう。あえて裏技と言ったのは普段異常が無いような時には機能しないものの、非常時などいざという時に発揮されるような機能でもあるからです。
その最たるものはホルモン脳内物質(生理活性物質)の存在です。
なおこの両者の違いなのですが、明らかに内分泌器官から分泌されるものを「ホルモン」、脳神経系が分泌するものを「脳内物質」と呼んではいるものの、双方その成分は蛋白質もしくは脂肪、あるいはその両方で構成されており、蛋白質の中でもペプチド、アミンなどの化学的に安定したものが主成分になっています。
それらの種類と数は生物全般を見渡すと植物8)9)も含めて非常に多くのものがあり、大部分はその機能と化学的構造も解明され、今では人工的に合成されて病気の治療に応用されているものも少なくありません。一方では生物界全体をみるとまだまだ研究途上のものもあるのですが、分析機器の性能が向上するに伴い世界各所で色々な報告が続いており、中には難病対策やバイオ技術革新のためにその成果が待たれているものもあります。
ここではその詳細を解き明かすのではなく、理性とか良心というものがありながらも人はなにゆえ羽目を外し、失敗し、さらには反社会的行為をするようになり、身を持ち崩すようになるのかの一端を解説しておきましょう。
その原因となる生理活性物質の主なものを挙げますと、
(1)甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン:TRH
このホルモンは通常ではやる気のもとになりますが、多すぎるとやり過ぎや異常行動を起こさせ、少なすぎると元気がなくなり、落ち込み、やる気を消失させてしまいます。
(2)性腺刺激ホルモン放出ホルモン:GnRH
このホルモンは通常では正常な性生活に必要となるほか、勉学や仕事、スポーツに熱中し、成果をあげるためにも必要です。しかし多すぎるとやり場のない性衝動からポルノ(アダルト)ビデオに取り付かれたり、性犯罪を起こしたりするようになります。またこれによる男性ホルモンの過剰分泌は男女共に当人の暴力行為を誘発し、暴力犯罪の発端をつくります。
(3)ドーパミン、ノルアドレナリン
ドーパミンは覚醒、快感を誘う物質で覚醒剤と類似の作用を表します。すなわち、この分泌により快感を引起こし意欲がかきたてられますが、分泌が減ると意欲が減退し、あきらめやすく投げやりになったりします。
ドーパミンが酵素により酸化されるとノルアドレナリンになり、脳に強い覚醒作用を起こさせ意識レベルを保つ働きをしますが、ストレスが加わり脳内でのこの分泌が高まると怒りが高まるようになります。これから判断しても生物進化の過程で捕食行動に移るときの起動ホルモンとして獲得し定着した生理活性物質であることが理解できます。現世ではこれが格闘技やスポーツでは役立っていると思いますが、多くは傷害、犯罪の原因になっている注意すべき生体内物質です。
(4)エンケファリン、β―エンドロフィン
内因性阿片とか脳内モルヒネなどと称され、「ランニング・ハイ」でも有名な物質です。生理作用として痛みを止め、気持ちを良くすることから苦痛に耐えるために効果を表しますが、身体(脳)がこの鎮痛と快感を覚えるとその要求が出続けるようになり、それを満足させるために自らの身体をさらに痛めるようになることにもなることから身を持ち崩す原因物質として注意が必要です。

この他にもセロトニン、アセチルコリン、GABA(βアミノ酪酸)、活性酸素などもあり、それぞれ生体に対して功罪を表す作用を持っていますが、ここではその説明を省きますのでご興味ある方は勉強してみてください。

 

アルコール、麻薬、タバコなどとは別次元から好奇心、中でも知的好奇心が招く弊害(危険性)についても大事なことですのでお話ししておきましょう。私も関係してきた科学の分野の話ですが、その研究成果から社会に良い事ばかりではなく、悪用すると大変な被害を発生させるようなことが多々あります。人間の知的好奇心には際限が無く、それを制御するのは自らの理性や良心なのですが、世界的に見るとそのたがが外れた、あるいは緩んだ研究もあり、人類全体でそれを見守り、異常の発生予防を国際的に連携して向上させていく必要がこれから益々必要になるということをぜひ知っておいてください。
また未知のことを知りたい要求は好奇心から出てくるわけですが、知る権利を利用して自分の生理的欲求を不必要に満足させる言動がますます多くなってきています。自由ということをはき違えて、あるいは自分に都合良く解釈して「人間の尊厳と自立」を踏みにじる行為が増強してきているように私にはみえます。これもまたせっかく持っている自らの前頭前野の大脳新皮質を退化させている行為だとして、幼少期から教育し直し、次代に備える必要があることをぜひ知っておいてください。

また、私たちの大脳の構造と機能についても動物の進化の過程を絡めた説明がこれまで色々出ていますが1)2)3)4)、脳科学の進歩によりあまり古くもない有名な説も否定5)されているものもあります。こんなことから相変わらずそのような説を引用して物事を解説している論文や記事も少なくなく、大事なことですのでその要点を以下にお話ししておきます。必要のある方は参考にされ、論文などを見比べ勉強されることをお奨めします。

私のこのブログでも分かりやすいので便宜上使ったところの『脳幹の上に大脳辺縁系、そしてその上に大脳新皮質が積み重なっている』という形態的表現は解剖生理学的にも、また脳生理学的にもそのような区分がなされているということは確かにその通りなのです。しかし、その区分けそのものが動物の進化の表れであり、爬虫類、鳥類、哺乳類そして人間と、それぞれその構造区分内で成長が止まっていて、脳幹を反射脳(爬虫類脳)、大脳辺縁系を情動脳(旧哺乳類脳)、大脳新皮質を理性脳(新哺乳類脳=人間脳)と三層に区分けして説明した階層説1)が過去では主流でしたが、今では鳥類などの脳の詳細な調査研究からそれが否定され、新規な見解が出ています。ご興味ある方のために分かりやすいその文献名5)を末尾に載せておきますので、それを通してより詳細な勉強をされ、この領域の文献引用には注意を払うことをお薦めします。

さて、話の蒸し返しになりますが、これまで大脳辺縁系が発達していないとされてきた動物(鳥類、爬虫類、魚類、さらには挿絵に入れたスズムシなどの昆虫)は好奇心というものを持って、それによる行動を起こすことが果たしてないのでしょうか。 いや、先にも述べましたように私はそれについては疑問を持っています。自然界では哺乳類以外の先に挙げた動物達がまさに好奇心を持って対象物に近づき、様子をうかがっている光景を実際によく目にすることがあるからです。捕食や繁殖行動に関連する動作とは異なる、明らかに遠くから視覚、聴覚、触覚などをその方来に向けて様子をうかがい、安全と判断される場合はより近づいてしばし興味深そうに観察しているというような光景です。はたして、これは私だけの思い入れ的な思い過ごしなのでしょうか。
私の周辺でその典型的なのはキツネ、カラス、カケス、ヤマガラなどですが、よく観察しているとカエルやスズムシにもそのような挙動をみることがあります。私は動物行動学者ではないことから、読者の皆さんにデータを挙げて説明することができませんが、こんなことから彼のポール・マックリーン氏の脳の三層構造説1)には疑問を持ち、塚原、清水両氏のレポート5)の方に納得感を持つわけです。以上、理論を追っている内に意図せず話が各論細部に入ってしまいましたので、皆さんお疲れにならないうちに今日はこの辺で閉めることに致します。

それでは また。

参考文献・書籍

1)Paul MacLean、1990「The Triune Brain in Evolution. Role in paleocerebral functions」 New York: Plenum Press
2)福田正治「感情の階層性と脳の進化・社会的感情の進化的位置づけ」感情心理学研究2008,第16巻、第1号、25-35
3)Garret D. etal,2011「Excitatory transmission from the amygdala to nucleus accumbens facilitates reward seeking」nature 475,377-380,21 July2011
4)福田正治「感情階層説・感情とは何かへの試論」JLAS vol.40.2012
5)篠塚一貴、清水 透「比較神経科学からみた進化にまつわる誤解と解説」特集:脳科学と心理学(2)脳をもっと知ろう、心理学ワールド・日本心理学会編(75):2016.10 p.17-20
6)ジョン・マーズラフ、トニー・エンジェル、2013,世界一賢い鳥、カラスの科学、河出書房新社
7)フランス・ドゥ・ヴァール、2017、動物の賢さが分かるほど人間は賢いのか、紀伊國屋書店
8)嶋田幸久、萱原正嗣、2015、植物の体の中では何が起こっているのか、ベレ出版
9)S・マクーゾ、A・ヴィオラ、M・ポーラン2015「植物は知性をもっている」NHK出版
10)ポルノを見ると脳は縮小するのか;Simone Kühn, Jürgen Gallina「Brain Structure and Functional Connective Associated with Pornography Consumption」JAMA Psychiatry, 2014;71(7):824-834
日本語版解説ページ:
https://wired.jp/2014/06/27/is-it-really-true-that-watching-porn-will-shrink-your-brain/