先の大戦が終わって70年が経ちました。皆さんのご祖父母やご両親の多くは、わが国が敗戦の痛手の中から立ち上がってくる過程で大変なご苦労をされてきた方が多いのではないかと思います。そして、自分たちの子どもには同じような経験をさせたくないという気持ちを抱いて皆さんを大事に育ててこられたことでしょう。

私自身、学生時代にお金に窮した経験から、自分の子どもが親元を離れ都会で生活するにあたって、少しはゆとりがあったほうが交友を広め力量を高めるためには助かるだろうと思って、その資金援助のつもりで余分と思われる金銭支援をしばらく続けましたが、後で確認するとその行為はまったくムダであって、子どもの自立心を育てるにはマイナス要因であったことが分かり、深い自責の念に駆られた思いがあります。まさしく浅はかな親心が仇になって自分に返ってきた例ですので、恥を忍んで皆さんの参考のために打ち明ける次第です。

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戊申ぼしん戦争で追われて北海道にたどり着き、刀を鍬に替えて、厳しい荒野の開拓に汗した自分の親たちとそれを受けて苦学した自身の話を、札幌郊外の高台で街を望みながら、事あるごとに私に熱く語ってくれた亡き祖父の言葉を思い起こし、その精神を継承できていない自分を強く反省したものでした。

 

最近は、私の仕事を手伝ってくれる人たちの中に私の子どもたちと同世代が増えてきたこともあって、その人たちの将来を思って、ますますこの先の社会に思いを馳せることが多くなってきました。

「日本は、果たしてこのままで良いのだろうか」、「これからの人たちに何をしてあげれば良いのだろうか」等々。こんな背景もあって、拙著「成功する人の条件」の中に、「人は何のために生きるのか」を書き込み、次代を担う人たちに課題を投げかけたわけです。

 

その中で、特に伝え、考えてもらいたかったことは、「自分の中の開拓精神を呼び起こせ!」ということでした。私たちの体内には、生物としての永い進化の過程で、構造と機能に、そしてその中の遺伝子にすばらしい力が蓄積されています。すなわち誰彼の真似をせず勇気を出して未知の分野に分け入り(Pioneer)、最先端分野に挑戦(Frontier)する力を培ってきたからこそ、ここまで至ったということを悟ってもらいたかったのです。若い時代、まだ自分では気が付いていない自分の未知なる力を、そのまま見かけだけの安寧あんねいの中に温存しておくと、そこからは怠惰しか生まれず、いずれはハングリーなエイリアンにこの地を侵されることになることでしょう。

他人ひとと違うことを言うと指摘される教育や、協調を先んずる文化の中で育てられたわが国の人たちが、他人ひとと同じことを言ったり行ったりすると能力が無いと評価される国の人たちや、今まさに貧困と紛争の中から這い上がってきた若者たちと行動を共にし、波長を合わせられるようになるには並大抵のことではありません。語学の問題もさることながら、これらの考え方の受入と大局観の保持を意図して国際的に通用する社会に改革していかないと、今後のわが国の見通しは決して明るいとは言えないでしょう。

戦後70年、国際関係でいまだに引きずり、苦労しているわが国の諸問題の根源にある失敗の本質は、よく言われる少資源や地理的条件よりも「国際見識の低さと実行の遅さ」であったと私は考えています。その課題は、若い時から開拓精神をもって諸外国を実際に見て、現地の人たちと心から話し合わなければ身に付きません。今後は、ぜひそのような人たちがより多く、早期に育つ文化をこの国につくらねばなりません。

 

今、マスコミや一部の広告宣伝が流す一面的な日本の評判を信じて、安心してはなりません。私の若い頃は、「何でも見てやろう」の小田 実さんや、数多くの名言を残した開高 健さん等々、勇ましい先輩たちが活躍しており、大いに感化され、私も地元を飛び出し、海外にも出てさまざまな人たちや文化と交わることをしてきましたが、それでもこの程度なのです。

そのような自分から、今の日本の若い人たちの傾向を観るとき、狭き門から立ち入ることを避け、孤独に弱く、なんとなく同質で群れる傾向が強くなっていることを感じ、心から心配しているのであって、ただ単なる老爺心ではないということをぜひご理解願います。

 

a2d5145bf96837e915db50b1f03ed94a_sそんな中ながら、ここに嬉しい例を紹介しておきましょう。

わが家から30分も走ると国立公園洞爺湖温泉街がありますが、その湖の向こう岸が洞爺湖町洞爺町となり「水の駅」という施設があります。近年、この周辺に都会から若い人たちの移住が増えており、皆さん連携してそれぞれ店などを開き自活し始めています。

それらの若者たちは都会に居ても個々に十分に存在できる力量を持っていると感じる人たちですが、あえてその都会の仕事と生活を捨て去り、この地に集まり、協力しながらもそれぞれに見合った人生の拠点を築きだしています。会って話してみても、都会からの逃避者というよりは、皆さんそれこそ若者に必要なロマンと堅実な哲学を持って、生活習慣の改革に努め、私がよく言ってきた「何かを得ようとするのであれば、何かを捨てなければ得られない、その覚悟はありますか?」ということをしっかり実践している人たちであって、先に述べた正しく開拓精神が旺盛な若者たちと知って、私もこの先を大いに期待し、影ながら支援している次第です。

f9e326d87748b37fa8ea82da1608c568_s多分、このような人たちのコミュニティが、全国他の地域にもあるのでしょう。

その人たちが、バーチャルな連携をもって自由交流し、人としての根源的な価値観でお互いを刺激し合いながら発展していくのであれば、この国の将来は、今までの惰性を断ち切った、先につながる新天地へと変わっていくのであろうと私は思っています。

 

今、わが国が、政府主導のかたちで「地方創生」という方向で動いていますが、これはこれからの国づくりのために良い政策だと私は評価しており、国民も率先してこの方向性をうまく利用すべきだと思っています。そのためには、これまでのような中央に依存する体質から脱け出して、地方の各地域が力を発揮するために、行動を変化させなければなりません。公共の予算をあてにせずに、その地方自らが自活できるように思い切った政策を進め、それに見合った無駄や贅沢を排除した生活改善を通して新世代に向かって価値観の改革を進める必要があります。並行して、ともすれば前例にこだわり、事なかれ主義を盾にして抵抗しかねない地方の役所や議員の改革革新も必要になることでしょう。

我々の先祖は、そのような開拓精神の中で、あきらめず希望を持って困難を乗り越え、情熱を燃やしながら、自分たちが納得できる青春を謳歌してきたはずです。そして最後に頑張って良かった!生きていて良かった!と心から言ったことであろうと、今まだ残る人たちの話や記録などを通して私は思っています。

このような精神と行動を、これからの人たちがあらためてよみがえらせ、引き継いでいく中で、味わいのある微笑みを見せてくれることを私は楽しみにして待っています。