aafb14d37ddd4dbe00af52a151c28477_sこの話は、昔、ある大病院の総婦長(今で言う総師長)さんから直接聞いた、当人がまだ若い時の話です。
それでなくとも気の抜けない重症患者病棟の早朝巡回中のことです。業務指図書/手順書に従って、限られた時間内に済ますことが沢山あります。これまで経験を積み重ねてきたとはいえ、夜勤終了前の疲れた中でそれを間違いなくやりこなすことで頭がいっぱいのまま、ある患者さんのベッドを訪れました。複数のチューブや電線に繋がる計器類をいつもながら慌ただしく確認し記録すること気を取られている時、ふと気がつくと眠っていると思っていた患者さんのか細い声が耳に入ってきました。
「○○さん、おはようございます。いつもありがとうございます。お疲れのようですが大丈夫ですか? ・・・お身体大事にしてくださいね・・・」
その言葉を聞いた当の〇〇さんは、強い電気に感電したようなショックを受けたそうです。
その患者さんは、自分と同性同年配の働き盛りでありながら不幸にも不治の病を患い、治療の甲斐なく、すでに余名幾ばくも無い状態であって、当人もそれなりにそれを察知していました。そのような患者さんが、この自分のことを気遣って声を掛けてくれているのです。
はたして自分はこの部屋に入ってきたとき、この患者さんの顔をしっかり見ただろうか、起きていたのだったら名前を呼び、何かの声を掛けたであろうかなど、とっさに思い起こしてみましたが、習慣による機械的な行動だったせいか定かではありません。後ろめたい気持ちで、ともかく通り一遍の応答をして病棟を後にしましたが、その日一日帰宅して悩み、苦しみました。
「はたして自分は何をしているのだろうか?」、「患者さんを見ているようで見ていないのではないか」、「看護とは何か?」、「〝みる〟とは何か?見る?観る?視る?診る?看る?・・・」

863ed3e2db3001b05b5211b00aead585_sそれからは、この〇〇さんは、いかに忙しくとも担当の患者さんの顔を目で見て、声をかけ、必要に応じて手で触れて、先ずはそれらの状態と反応を感じ取ることを大事にしたとのことでした。きっとそのことで以前よりは忙しくなったのではないかと思います。しかし、当人は、今まで反射的、習慣的に読み取っていた各種計器に表れるバイタル・サイン(生体反応指数)の真の意味も分かるようになり、その変化と異常の意味から準備すべき仕事の先を読めるようになったことで、以前のように慌てず事に当たれるようにもなり、徐々に時間的にも、精神的にも余裕が持てるようになったとのことでした。これは、つまり現象から事実を読み取る力がついて、時間を先取りできるようになったということの表れなのでしょう。
また、この患者さんの最期に当たっても、家族と共に手を添えて、自分の人生の先生を見送るという気持ちで立ち会うことができ、大変貴重で価値ある時であったとも話しておられました。
私は、この師長さんの、このような積み重ねの努力から人としての信頼性も高まり、当然の結果として昇進にも繋がったのだろうと思った次第です。

このことの後日談ですが、私がこの話を別の婦長さん達が集まった場所で話してあげましたところ、皆さん真剣な顔で聞いていて、話しの終わり頃では皆それぞれ上を向いたり、下を向いたり、あるひとは涙ぐんだりしていたことを覚えています。
きっと、皆さん、あるべき姿と日常業務の実態の狭間で苦労されていることからの素直な反応だったのでしょう。そうなのです。本当に仕事とはそう生やさしいものではないのです。それをやりこなし、自らがその仕事の意義を感じ取れるようになった時から、「生き甲斐を感じる」、「生きていて良かったと思える」、「自分に自信を持てる人生」の道が開けてくるのです。このようなことが、ただ長生きしているだけでは得ることのできない貴重な、意義ある仕事、価値ある生き方と言えるのです。