今、私が居る北海道の道南寄り地域は、例年ですと本州とは違ってカラッと晴れ渡り、蒸し暑くもなく気持ちの良い初夏となるはずなのですが、今年は雨が多くアマガエルが喜ぶような日が続いていることから畑仕事がはかどらず、書斎でパソコンに向かう時間が多くなっています。

次代を担う人達に参考になればと考えて、2015年8月1日から私のウェブサイトを通して投稿し始めたブログも今回で32本目になりました。
記事の数や頻度にこだわっているわけではなく、その時々頭に浮かんできたことを文書にまとめて書き残し、その中でこれはというものを選んで発信しています。
その内容は、庭でバラの剪定を行っている時や畑で雑草を抜いている時、冬であれば雪かきをしている時などに思い浮かんだことをメモしておいて、構想がまとまりしだい文書に仕上げるというやり方です。拙著「育てて育てられる」の中にも書きましたが、私の発想は自然の中で何かしているときが多く、その組み立ては自分が寝ている間に頭の中でおこなわれますので、朝起きた時にそれを頭から取り出してパソコン内に書き写すようにしています。
そんな訳で私の記事は意図的、計画的に企画して書き上げているものではなく、身体のどこかから何かの刺激で呼び起こされたことが素材になっているので、これまでの自分の身体にしみ込んでいることがその時々しみ出てきて、「ことば」そして文章として仕上がってくる内容の方が多いのです。そんなこともあって話題も多岐にわたり一貫性がないのですが、皆さんに良かれと思ったことに絞っていますのでご了解願います。
時には、頭にインプットされた世の中で問題になっていることを話題にして書き上げることもありますが、そのような時は内外各所の情報を集め根拠の確かな事を取り上げ、ただ単に新聞記事やTVニュースなどに雷同しないように気をつけています。また前報に書きましたように投稿記事に対する読者の日頃の反応も調べていますので、それらを参考にもさせてもらってもいますが、さりとて人気を狙うようなことは慎み、乗せられたりするようなことにも注意を向けています。

冒頭で述べたましたように、このところの雨で書斎にいる時間が多いことから、この機会にと思ってすでに掲載してある自分のブログ記事を最初から読み直してみました。自分なりに十分に校閲して載せたはずの記事も、時間が経ってから読んでみると脱字なども見つかり、句読点の付け替えや表現を変えた方がもっと読みやすいだろうと思う箇所もあったりしましたので再度手を入れ更新をした記事もあります。中でも、2015年12月6日投稿記事「自他を守るための衛生学基礎講座:追記 特にバイオ産業に携わる方々へ」はこの分野でマネージメントに携わる方々により理解がすすむように文章を書き加えたりもしましたので、関係する方々は再度お読み頂ければと思います。

人から出てくる「ことば」はそれをもとにした文章も含めてその人の人生の一端だと思っています。それらが何本か連なるとまさしくその人の人柄も表れ、人生そのものが映し出されると言って良いでしょう。いま考えると、その時には気が付かなかった“いとおしい”人生でもあり、しかも私のそれは所々に塩辛い内容も含まれています。
そういうことから、過去に書き残した文章などを読み返し点検してみることで自分自身のことがあらためて分かり、自らを見直すことにもつながるのです。
社会の第一線を退き、中央から離れた場所で、このように落ち着いた感覚で世の中を見聞きしていることが自分自身のレベルをよく見えるようしてくれているわけで、これがすなわち「諦観ていかん」ということになるのでしょう。
また、このような時間を過ごしていると、もう一度自分の人生をやり直せるのであればと思うような時もありますが、残念ながら今や遅し、それを実行する先行きも短くなってきていることから、残るは少しでも精神的な高みを目指して、その言動が皆さんの参考になるようにと思って文章をしたためているしだいです。中には読者の方々の意に沿わない内容もあるかもしれませんが、それはそれとして反面教師の「ことば」としてご活用頂ければ幸です。

彼の孔子は、論語の中で『七十にして心のほっする所に従うて、のりえず』(為政 第二-四)という「ことば」を残しています。
私などはとてもこのようなレベルに到達できないながらも、それに少しでも近づけるべく、もう少し早い時期から行っていたならと反省しつつも、この「ことば」が語ることを忘れずに日々自らの言動の点検を怠りなくするようにしています。
我が国の長い封建時代が明けた明治時代から、経済、産業、学術などの分野においてその発展の礎を築いた渋沢栄一翁(1840~19319)は彼の著書「論語講義」の中でこの孔子のことを次の様に解説しています。
(講談社学術文庫p.81、一部抜粋)
『(孔子は)現今の言葉でいえばなかなかの活動家で、寸時も休息せず努力し修行させられたゆえ、ほとんど十年毎に思想の状態が変化し、七十歳になられた頃には、心のままに行動しても、それがちゃんと人のむべき道に合致し、決して規矩きくを越えるようなことのなかったものと思われる。これ善人たる所以ゆえんならん。
余のごとき非徳の者はそうはまいらぬ。すでに八十四歳にあい成った今日でも、もし心の欲するままに行うときは、たいてい規矩を飛び越えて乱行となるであろう。幸に今日まで余が規矩を越えず、濫房らんぼうおちいらずに済んできたのは、いつに克己のたまものである。余もし克己心なく私心を制しなかったならば、決して今日の余であり得るものではない。とくに反対論者と刺し違えて死んだかも知れぬ。克己は実に偉大なる力である。(以下省略)』。
賢人と称された渋沢翁にしてこの言葉であったことが、私のせめてもの慰めでもあり、励みにもなっています。
加えて、つい最近出版した拙著の中で、良心というものは理性の中で育まれるということの医学的仕組みについて語ったばかりですので、渋沢翁の「克己心」というものもまた理性が発するものであるからにして、人としてこの言葉の持つ大切さをあらためて反芻しているところでもあります。
克己心を維持、強化するのが難しいからこそ挑戦しがいがあると思っています。
*2018年5月出版「良心はどこで生まれて、どのように育つのか」(Amazon Kindle版)