これまで何カ所かのバイオ技術者から相談を受けたことの中に、今回 食の分野の方々を対象としてお話ししてきたことと同じような問題があったことが私の頭の中に残っており、バイオ産業は今まさにこれからという分野であることから、この機会にと思って以下のことを追記しておきますので、関係する方々はぜひ参考にして頂きたいと思います。

なお、機密保持の関係からその詳細を明かすことは控えますが、要約すると「実験データに不可解な内容がみられるので意見を聞きたい」ということから調べてみたところ、その多くは実験工程の微生物による交差汚染(クロス・コンタミネーション)に起因しているという問題でした。データや話しの内容から空中浮遊菌、実験者の常在細菌、ウイルスなどを疑い、現場を確認したところ、その要因をすぐ見通すことができました。それは次の3点に集約されます。

 1)整理整頓と清掃が不十分、即ち 5S「整理、整頓、清掃、清潔、しつけ」の不徹底

 2)洗浄、殺菌消毒などの内容、手順、記録などが不完全

 3)日常の作業管理の不備

その後、それらの業務に携わっている人達とも面談してみた結果、思っていた以上に微生物管理能力が低いことに驚かされました。過去勉強したであろう微生物学や実験手技に関する基礎知識は一応頭には入っていましたが、それが身に付いておらず実践能力が低いということです。要するに、私がこれまで各所で述べてきたところの「知っているということと、できるということは違う」という、まさしくその典型的な表れでした。

また、それを守らないとならないという当該職務意識に一体感がなく、バラツキがありました。
表現を変えると、お金をかけた構造設備(ハード)を有効に使い熟すための能力(習熟度)が低かったり、それを実践しなければいけないという技術者、技能者のモラルが低かったりする傾向、すなわち総合マネージメント(ソフト)に問題が見られたということです。管理監督者は試験研究の信頼性管理をハードに依存している傾向が強く、現場の技能者も構造設備、試験機器、ディスポ製品、試薬、水には、あまり疑いを持たずに試験などの作業に携わっている人が多いという状況でした。それら従業員は不真面目な人達ということではなく、組織として信頼性管理の実務知識や意識が欠落していたということになります。

基本となる無菌操作の手技にも統一性、徹底性がなく、これでは更なる問題、すなわち細胞、ウイルス、遺伝子などの汚染も起こる危険性があるということを責任者に助言した次第でした。

このようにバイオの試験研究分野は、今回私が食中毒の発生予防の面から対象とした一般食品製造加工や調理分野よりはさらに高度な専門性が必要な分野にも関わらず、実際の現場では技術に技能が付いていっていないことが意外に多いという事実を、マネージメントに当たる人達は再認識する必要があると思います。国公立の施設であっても地方ではそういう傾向が強く、ましてや資金や人材で苦労しているベンチャー企業では内容がお粗末な状態の所がありました。ハードの不十分さをソフトで補った昔の苦しい時代を乗り切った先輩達が知ったら怒り出すのではという状態でもありました。それはどうしてなのでしょうか。そのことを見抜く専門的な管理能力を持ち合わせず、細かい事は現場任せということに起因しているのではないでしょうか。

バイオ産業は、ICT産業と同様に、そこを構成する人材は比較的高学歴で、かつ技術系の人間が多く、業務内容から円滑なコミュニケーションが育ちにくい職場のひとつであって、想像以上に職人気質がはびこる傾向があります。そのため、本音で話し合ったり、相談したりする相手ができにくく、不満のはけ口も乏しいまま、非解放的環境の中で気の張る作業を長時間続けていると、「ヒトのことなど知ったことではない」、あるいは逆に「誰々がやけに気にかかる」などのような、いわゆる自律神経失調様状態に落ち入りやすく、それがこうじると体調不良に至るようなことが往々にして発生します。
この様な組織文化の中では、業務上為さねば成らないことを確実に為し続けるためにはきめ細かなレベルの高い組織管理能力が必要となります。専門的なことの理解力と個人プレーヤーを調和させるマネージメント能力の双方を持ち合わせ、公正公平な判断のもとに業務の進捗を統括することができるゼネラル・スペシャリストの存在が必要となる訳なのです。これはその組織の皆さんが大事と思って目指す国や公的機関の許認可を取得すること以前の、「運営上の基本的必要条件」であるということを管理監督者は自らに言い聞かせる必要があると思います。

現場を知らない経営者が陥りやすいこと、即ち「ISOその他の認証を取得すればその組織の製造衛生条件が満たされるもの」と決して思ってはなりません。あくまでも、それはその体制を保持する基本的用件を持っていることを認めるということで、実際の製造環境や製造手技を保持、維持、向上することは、日常の綿密な管理遂行と明瞭な人事・労務政策が為されてはじめて実を結ぶということをぜひ肝に命じてもらいたく思います。

重ねて言いますが、貴重な経営資源をドブに捨てるようなことにならないためにも、医薬品、医療機器、食品製造、感染症医療などのそれなりの分野でしっかり実践的訓練された人達と同等の技術や技能を、スタッフに持たせるための組織的な研鑽が必要であり、かつそれを定着させるためにも前記のような基盤整備が必須ということを再認識され、自らの組織と運営状況を現場の目線で再点検されることをぜひお薦めします。