微生物が起因となる食中毒の予防対策の必要性について、前報そのー2に引き続きその科学的根拠に関する説明を続けます。

1.ウイルス、プリオン、寄生虫について

1-1 ウイルス: 「そのー2の微生物の大きさ」の中で説明したように細菌よりはるかに小さく、生物と無生物の間に位置する核酸の一種です。核酸は遺伝子情報となるもので、それ自体は増殖能力を持たなくとも生きた細胞の中に入り込めば、そこにある相手の構造機能を利用して自らも増殖させていきます。保有する核酸の基本構造により、DNAウイルスとRNAウイルスの二つがあり、ヒトに発症させる病気はそれぞれ次のものがあります。

DNAウイルス;アデノ(風邪)、ヘルペス(水痘、潰瘍)、パピローマ(いぼ、子宮頸がん)、B形肝炎 

RNAウイルス;エイズ(HIV)、デング熱、フィロ(エボラウイルス病、マーブルグ熱)、風疹、麻疹、インフルエンザ、日本脳炎、狂犬病、ポリオ、ライノ(鼻風邪)、C型、G型、A型肝炎ウィルスノロウイルスロタウイルス

上記の中で下線を付したものが食中毒を発生させるウイルスで、主症状は吐き気、おう吐、頭痛、下痢、発熱です。原因は上記ウイルスで汚染された水やカキなどの二枚貝の飲食、罹患者の嘔吐物や糞便などで汚染されたものが経口的に体内に入った場合に発症し、潜伏期間は早く24時間から48時間です。なお、ノロウイルスやA型肝炎ウイルスについては、その1やその2でご紹介した「政府広報」や「東京都広報」に一般の方にも分かりやすく説明されていますので、重複を避けるためここでのこれ以上の説明は控えます。

ここでは、大事な次のこと、すなわちノロウイルスの発生に伴いその対策用として世間で取り沙汰されている次の薬品について勘違いをしている方がおり、科学的に間違った意見交換などをしていることにも気がつきましたので、注意を促すこともあってその正しい解説をしておきます。
ノロウイルスを殺すために当局が推奨している薬品「次亜塩素酸水」と「次亜塩素酸ナトリウム」は違うので注意してください!
まぎらわしい名称ですが、次亜塩素酸水の化学記号は「HClO」で酸性、次亜塩素酸ナトリウムの化学記号は「NaClO」で強アルカリ性であり、両者はまったく違う性質であり、使い方も違います。

先ず、『次亜塩素酸水』の説明をしておきましょう。
ノロウイルス対策として厚生労働省も薦めている薬剤で、反応時にわずかに塩素臭はするものの基本的に無臭、環境の消臭力があり、衣類や金属などの腐食性はありません。
安全性としては、目や口に入っても問題なく、食品添加剤にも指定されています。
非常に広範囲の微生物に殺菌、除菌効果があり、ノロウイルス、インフルエンザ対策としても有効です。
ただこの次亜塩素酸水には次のような特徴(弱点)があり、それを良く心得た上で利用してください。

  1. 化学的に不安定で、光、空気、温度、保存期間などで濃度が低下したり、ただの水に変化してしまったりして、本来の効果が失われてしまいます。そのために光、空気を遮断した容器で販売されているものでなくてはならず、保存状態が悪く、有効期限切れの古い物には気を付けてください。
  2. 殺菌用には、次の特許表示があるものを使用すべきです。
    特許4570922 殺菌水の製造方法及びその装置
    特許4388550 殺菌水製造装置
  3. 濃度の表示がきちんとしており、使用時も濃度管理が重要です。
    有効成分(次亜塩素酸)が100ppm以上の製品を選ぶようにしてください。
  4. 使用においても手指や有機物に触れると短時間に水に変化しますので、清拭する場合は本薬剤で何回もすすぎ洗い、汚れたものは新しいものに取り替えることが必要です。
    なお、この性質を利用して、野菜などの洗浄にも利用され、残留の心配もありません。

 次ぎに、『次亜塩素酸ナトリウム (次亜塩素酸ソーダ)』の説明ですが、この薬剤は古くから家庭用の塩素系漂白剤兼殺菌剤としても市販されており、台所用、洗剤用、哺乳瓶の消毒用などとして日常的に使われています。ただ毒性や刺激性(腐食性)が強いので必ず所定の濃度で、注意書きをよく読んで使用する必要があります。また、前者の次亜塩素酸水と混ぜると化学反応を起こしますので決して混ぜてはいけません
念のため、この次亜塩素酸ナトリウムの使い方をここに書いておきますので、日常の参考にしてください。

  • 通常の拭き取り掃除の時の希釈濃度:次亜塩素酸ナトリウム濃度として0.02%
    5リットルの水道水に市販漂白剤20㎖(漂白剤キャップを使って、ラベルに書かれた方法で計量のこと)。
  • 本剤の殺菌効果を期待して汚物などを処理する場合の希釈濃度: 同上0.1%
    500㎖のペットボトルに、そのペットボトルキャップ2杯分の漂白剤を先に入れ、その後水道水で満たす。

本剤の使用上の注意としては先にも書いたように;

  1. 人体、特に目や気道の粘膜に強い刺激性があるので窓を開けるか、換気を強くして作業をすること。また皮膚や衣類を腐食させるので、付着した場合は直ちに水洗いすること。また、酸との混合で有毒ガスが発生します。
  2. 殺菌力は次亜塩素酸ナトリウム濃度として100ppm以上が必要です。
  3. 排水された残留塩素から環境汚染物質であるトリハロメタンが生成します。
  4. その他、本品の商品容器ラベルにはメーカーごとにそれぞれの重要事項が記載されていますので、必ず使用者責任として読んでおく必要があります。また食材と一緒に保管したことで間違って使用され、事故に至ったようなことまでありましたので、保管管理には十分気を付けてください。

以上、本品は使い方さえ間違わなければ汚物処理やカビ汚れ落としなどには効果の認められる薬剤ですので、承知のうえ使用するようにしてください。

次ぎにもう一つ大事なことを説明しておきます。
消毒用に常用されているアルコールについても、誤解や間違いがありますので、注意してください。先ず時節柄大事なことですので先に述べますが、「インフルエンザ対策に使われているアルコール消毒方法は、ノロウイルスには効果が期待できません!」
その理由は、インフルエンザ・ウイルスは脂質で構成されているエンベロームという一種の殻のようなもので包まれており、その中の本体も脂を溶かすものには弱い構造になっていることから、短時間のアルコール処理でそのエンベロームが壊れ、内部の本体も不活化されます。一方、ノロウイルスはそのようなエンベロームを持たず、本体自体も脂溶性薬剤に抵抗性があり、アルコールでは長時間でない限り不活化されません。このようなことからノロウイルスの予防対策用にはアルコールは即効性が無く効果が低いと捉えてください。

アルコール(エタノール)は殺菌能力を持っていますが、その使用濃度管理が大事です。
その有効濃度は70%で(70~80%)、それ以上濃くても薄くても極端に効果が落ちます。
消毒用アルコールは密封容器でない限り、時間と共にアルコールが揮発しアルコール濃度が下がってきますので確かな管理が必要です。このような理由から、水で濡れた手指や器物に噴霧しても、薄まって必要濃度にならず効果が出ないことから、必ず水気を取ってから行うことが大切です。
(余談ですが、時代劇でよくやるように、焼酎を吹きかけても痛いだけで効果が期待できません。気付け薬としてならば良いかもしれませんが・・・。)
アルコールは皮膚に刺激があることから、長時間皮膚に着けておくとその箇所に、人によって強弱はあるものの炎症を起こします。また器物の消毒に使う場合も時間が経つと短い時間で蒸発し殺菌効果が落ちますので、効果は噴霧あるいは拭いたその時だけと覚えておいてください。加えてアルコールはその揮発物も含めて発火性があるので、火気厳禁です。

日常として大事なことなので、アルコールについてもう少し説明を加えましょう。
アルコール消毒剤と言われているのは次の三種類あります。
①エタノール(エチルアルコール)
②メタノール(メチルアルコール)
③イソパノール(2-プロパノール、イソプロピルアルコール)
この中で、メタノールは神経毒がありますので、燃料や塗料以外には使用せず、決して食材には近づけないようにすべきです。他に、現在市販されているアルコールに他の薬剤を混ぜたものが各種市販されていますが、エタノールは酒税法の関係で原料としては高価なため商品単価を下げるためという理由もあります。しかし、正規の消毒薬は国の許認可取得を必要とする「医薬品」或いは「医薬部外品」ですので、信頼できる消毒を目的にするのであれば、その許認可取得事項をラベルに正しく記載されているものを使用するようにしてください。それ以外にも「雑品」扱いの消毒薬まがいのものも市販されていますが、使用するのは結構ですが、効果は自己責任となりますので、大事なところでは使わないことをお薦めします。

効果の出る濃度は、エタノールは70~80%、イソパノールは50~70%です。
双方共、日本薬局方に掲載されているものですが、イソパノールは安価ですが独特の臭いがするため嫌う人がいます。米国などではイソプロパノールは常用されています。
これらは、所定の濃度では、大腸菌などのグラム陰性菌、化膿菌であるブドウ状球菌などのグラム陽性菌、酵母、ウイルスに有効ですが、芽胞を持つ破傷風菌など、またノロウイルスなど**には効果はありません。

*破傷風菌、セレウス菌、ボツリヌス菌、ウェルシュ菌、納豆菌、枯草菌など
**ロタウイルス、エンテロウイルス(手足口病、ヘルパアンギーナ)、アデノウイルス

アルコールや石鹸は汚れを落とす効果はあります。細菌やウイルスは単体では存在せず色々な汚れ物質(いわゆる異物)とともに接触や飛散などで移動することから、それらが付着したものを短時間で洗い落とすことには効果があります。
このことから洗浄と消毒殺菌の意味をしっかりわきまえて行うようにしてください。

例:・インフルエンザの予防と対策の場合: 石鹸洗浄、その後所定のアルコール消毒。

  ・ノロウイルスの予防と対策の場合:
    手指、身体、衣類など 所定の次亜塩素酸水で消毒。
    洗浄汚物:物理的な除去(拭き取り、洗い流し)⇒次亜塩素酸ナトリウム溶液で拭き取り後に水で清掃。

1-2. プリオン
ウイルスと異なり、核酸を持たずに感染性因子を持つ蛋白質の一種が本体となっています。
これが体内に入ると脳神経の構造に病的な影響を与える異常蛋白質の一種アミロイドの形成を誘導し牛海綿状脳症(狂牛病)、クロイツフェルト・ヤコブ病、クルー、スクレイピーなどを発症させ、正常な神経機能を失わせます。この感染原因は、上記の病気にかかった動物や人間の脳脊髄神経組織を食べることで起こり、加熱調理しても病原性は無くなくなりません。食べる以外で過去に起こったことですが、輸入したプリオンで汚染された「ヒト硬脳膜製品」(当時は治療用医療材料として認可されていた)を人の脳外科手術で使用したことで、国内の患者さんにこの疾病を発生させたという医療事故がありました。

このプリオンはウイルスと違って核酸(遺伝子)を持たない蛋白質なのに自己増殖できるという従来の生物学では理解し難いものであったため、その研究解明を果たした若き生化学者スタンリー・プリシナーにノーベル生理医学賞が与えられています(1997年)。
話のついでにもう少し詳しく説明しますと、プリオンはヒトの体内で日常的に生成されている蛋白質の化学構造と僅かに違うだけであって、もともと生体内の正常なプリオンが、外から体内に持ち込まれた病原性のあるプリオンと出会うことで、同様の病原性のあるものに変わり、増殖をするようになるのではないかというのが、現在推定されているところの学説です。

1-3. 寄生虫:
寄生虫の世界もこれまた広く、複雑な世界です。寄生虫と言わず寄生生物と考え、そして対象を動物だけでなく植物も含めると、まだまだ世界は広がり、そこへの”ちゃっかり組”、”厄介者組”、”仲良し協力組”などと分類わけをして調べてみると退屈しないでしょう。大事なことは、これらの寄生生物が海外旅行、グルメブーム、ペットブームなどで人の身体の内外に侵入してきているということです。現在、人の寄生虫だけでも、世界では200種類以上、国内でも100種類は記録されていて、それらは増加の一方のようです。本報の話題は『食中毒』で、かつ感染性あって目には見えない微生物が対象ですので、以下にそれに絞って説明しましょう。

この部類の寄生虫で、感染性があり強い病原性を持つもので注意しなければいけないのは、『原虫』であり、その中の根足虫類の中の「赤痢アメーバ」、「多食アメーバ」、「カステラーニ・アメーバ」です。また、同じく原虫の中の有毛虫類である「大腸バランチジュム」や「ヒトプラストシスチス」です。
赤痢アメーバ」は、日本軍が南方に進出していた時代に悩まされた病気の一つであることから昔から有名ですが、今でも世界では5000万人が感染しているとみられ、毎年6万人以上の人がこの病気で死亡していると報告されています。感染者の糞便中に排出されたこの原虫が、それによって汚染された飲食物を経由して経口感染し、肝臓障害まで至ります。熱帯地方への旅行で必ず注意しないとならない病気ですが、昨今国内で注意を要するのはこの原虫の性行為感染です。HIVに感染して免疫不全となり、他の性病と複合感染している患者が認められるという報告が継続して出ています。早期に医療機関に正直に申し出て対処すれば、現在であれば治療可能です。
カステラーニ・アメーバ」と「多食アメーバ」は食中毒ではありませんが、私達の身の回りに居る原虫であり、目に感染するアメーバです。発生原因は、非含水性ソフトコンタクトレンズを不衛生な取扱で使用し続けている人に寄生し、角膜に傷があるとそこから角膜内部に侵入して角膜潰瘍などを発生させます。元々は病原性の無いアメーバと考えられていましたが、手洗いその他衛生観念の劣っている人に忍び寄る微生物ですので、参考のため説明を加えておきました。
大腸バランチジュム」は豚、犬、その他野生動物から人に経口感染する原虫で、大腸に寄生し下痢、赤痢、そしてそれによる貧血などを発症させる原虫です。
ヒトプラストシスチス」は、東南アジア旅行なでで感染して下痢を発症させる腸管寄生性の人畜共通の原虫です。

以上、食中毒あるいは食中毒と間違うような症状を発症させる微小寄生虫を説明しましたが、前述の様に人間の自然破壊と強欲により、今まで知られていなかった微生物に汚染される危険性が増していますので、本報で述べたようなことを頭から外さず、軽はずみに未知の物に触れない、怪しいと思ったら専門家に早い内に相談するなどして、大事に至らないようにしてください。

2.居場所とその違い 

2-1 常在微生物:

前報でも解説したように、ヒトを含めた動物は、母体のから生まれ出るときに親や外界から微生物(細菌、真菌、ウイルス、原虫など)が付着し、それらが腸内、皮膚、粘膜各所などで増殖し、集団となって定着します。それらを常在微生物そうindigenous microbial floraと言います。
この中で、種類としては細菌類が多くを占めることから、常在細菌という言葉もよく使われます。また前報でも説明した毛髪上の微生物はダニ、シラミなどをのぞいて多くは一時的に付着した状態で、その後手指や衣類、あるいは浴室などを経由して体表面あるいは体内の自らに適した場所に移動し、増殖、常在化します。その主な場所は、全身の皮膚、特に物理的刺激が少なく湿り気のある場所、あるいはその微生物の好む場所(酸度、栄養源、酸素濃度、共生できる他種微生物の存在など)、鼻咽喉、耳腔(外耳道)、口腔、消化管、泌尿生殖器などです。
なお、消化管においては、胃や小腸上部はそこの分泌液の性状もあり病的な状態を除きピロリ菌などの限られた少数のものが認められる程度です。やはり多いのは小腸下部から大腸であり、そのことについては前報その2「3.微生物の数」を参照してください。

上記の場所に常在する微生物は、病的状況でない限りその種類は主として細菌類が多くを占めます。そしてそれらは、そこの場所の環境条件、ほかに常在する別種の細菌などとバランスを取りながら生存しており、その生存は生体に有利に働く場合と、不利に働く場合があります。

有利に働く場合:

  1. 常在微生物は定着する場所の生理学的条件などにより、その場で生体の機能を助ける型で生存しようとするグループと、生体の機能を邪魔する型で生存しようとするグループの二手に分かれます。前者はそこに定着した複数の微生物が生き残るために勢力が平衡状態になるまで競争を繰り広げますが、その勢力バランスが取れるとその場はひとまず安定し、その場に他の微生物が入り込めないような拮抗現象を作り出します。この現象は宿主にとっては普段の二次的な防御機構となり有利に働きます。しかし、ここに抗菌剤などが作用すると、この拮抗現象が崩れて「菌交代現象」が発生し、今まで勢力が押さえられていたものが異常増殖しだし、病原性を発揮し出すようになります。ブドウ球菌による化膿巣の悪化、クロストリジュームのよる腸炎、生殖器官、皮膚、口腔内などで悪化するカンジダ症などがその例です。
  2. 常在細菌の存在は、その場の免疫系を刺激しますので、生体に対して免疫応答能力や感染に対する抵抗性を付けます。よって、日常において不用意に常在細菌を洗い流し続けたり、殺菌を繰り返すと免疫力の低下を招き、かえって病原菌の感染を招いたり、前記のように押さえていた感染が悪化する事態になりかねません。特に、子供に対して清潔を過度に強いることはその後の健康に対してマイナス効果がありますので注意が必要です
  3. 常在細菌はその生育場所でビタミン類を産生するものがあり、特に腸内ではそれが宿主に吸収され、その生体にとって活用されます。よって不用意に抗菌剤の投与を続けると、ビタミン不足を発生させることがありますので、該当する患者あるは家畜に対して確認が必要です。また、消化・吸収作用も補助しますので、ビフィジス菌その他の乳酸菌類製剤は腸内を整備し、調子を整えるために有効となります。

不利に働く場合:

  1. ストレスなどによって生体の恒常性が乱された時や、外部から腸内に入ってきた刺激物や薬品などで腸内細菌の拮抗バランスが崩れると腸内腐敗が進行し、消化吸収障害や様々な体調不良の原因になります。微生物が蛋白質を異常発酵させた時に生成されるものには生体に有害となるものが多く、それが細菌毒素と一緒になって吸収されることが続くと老化が早まったり、発癌が促進されたりすることも分かっています。このことから腸機能の維持、すなわち腸内常在細菌を良好な状態に保つことが非常に大切なのです。
  2. 前述のような状態で拮抗が保たれた状態が体調や薬品などで乱されると、いままで押えられていた一部の微生物(真菌類などが多い)が勢力を拡大して病原性を発揮することがあります。これを総称して「日和見感染症」と呼びます。また「異所性感染症」と言って歯槽膿漏の原因菌(レンサ球菌やブドウ球菌など)が歯磨きの時などに血中に入り血液循環に乗って身体の免疫機能に打ち勝ち,心臓の内膜や弁に新たな住みかを構築し、宿主に重篤な影響を与えることがあります。
  3. 前項と同様に常在細菌の拮抗作用が崩れることにより、すでに感染している淋菌などに対して常在細菌である一部のブドウ球菌が薬剤耐性能力を付与するなど、今まで保有していなかった能力を別種の菌から譲り受けるということも分かっています。

以上、常在細菌の功罪についてその概要を解説しました。中でも腸内細菌については製薬や健康食品関連企業の商品説明の中に説明があることから、皆さんも知識をお持ちだと思いますが、皮膚常在細菌についても価値ある報告がありますので皆さんにもご紹介しておきます。内容は入浴施設がない国際宇宙ステーション(ISS)における宇宙飛行士の皮膚常在細菌の追跡研究です。報告者の中に医師でもある向井千秋さんの名前も載っています。

宇宙航空研究開発機構特別資料:
JAXA Special Publication, JAXA Repository /AIREX
杉田 隆他 「皮膚清浄技術開発に向けた皮膚常在細菌叢の解析」

この報告書に、皮膚常在細菌の役割を次の様に記述されていますので、参考にしてください。

  1. バイオフイルムを形成する。
  2. 皮膚pHを弱酸性に保持する。
  3. 抗菌物質を産生する。
  4. 紫外線を吸収するなどにより外来病原体の侵入を物理的・化学的に阻止している。

2-2 異種動物からの感染:
植物であろうと、各種動物であろうと全ての生物は大なり小なり何らかの微生物と共存しており、宿主とは前項で説明したことと同様な関係を築いて生存を確保しています。
そこで大事なことは、異種の動物の常在細菌は人間には病原性があるものが多いということです。野生鳥類に常在するウイルスが、豚や人間にインフルエンザという呼吸器疾患を蔓延させることはご承知でしょうが、食中毒に関してもグルメブームやペットブームで人間に被害を与えることが益々増加しています。国内で特に注意してもらいたいものを以下に列記します。

  1. カンピロバクター(鶏肉ほか、多くの家畜、野生動物)
  2. E型肝炎ウイルス(豚レバー、鹿、イノシシ肉など)
  3. サルモネラ(鶏卵、鶏肉)
  4. 腸管出血性大腸菌0-157,0-111(主として牛)
  5. 各種寄生虫(野生動物のほとんど、多くの淡水魚、海水魚)

なお上記保菌動物からの汚物で汚染された水や土が着いた肥料や用土で栽培された野菜は上記微生物で汚染されている可能性があり、実際にモヤシなどで被害が発生しています。これらの感染経路についての詳細説明はここで省かせてもらいますが、予防として、肉類は決して生食をしないということと、調理などでの取扱は基本的に汚染されているものと考えて調理用具や手指の区別や洗浄を怠りなくすることしかありません。鶏卵にしても昔自宅で飼っていたニワトリの卵は先に説明したように子供の頃から共通の常在細菌であったとか、産みたてのものを食べていたなどと、今とは違う世界であったと考えて、生食を控えるようにした方が賢明です。ましてや抗菌剤を多用した飼育方法での卵や生肉からは厄介な耐性菌が体内に持ち込まれる危険性もあり、必ず加熱処理した後に食べることを推奨します。

また日本国内での発症は少ないとされていますが、動物の腸管内に生息し、河川水その他日本の環境でも広く分布している「リステリア」Listeria monocytogenesという細菌のことを説明しておきましょう。ヨーロッパなどに行くと生ハム、スモークサーモン、ナチュラルチーズが日本に比べて美味しかったということを経験された方が沢山おられると思いますが、あれは製造工程での殺菌が日本と違うからです。未殺菌乳も平気で出すところも多く、日本の法律では認められない味や風味の方を優先した製法ですので、我が国に輸入、市販してはいけないことになっています。このリステリアは欧米でも時々集団食中毒を起こしており、特に妊婦には流産の危険性から、そして高齢者の方々は重篤になりやすいので食べることをお薦めできません。とはいっても、美味しいことは間違いなく、私も現地ではよく楽しんでいましたので、短期旅行では体調の良い時に本報の内容を理解の上、予め乳酸菌製剤を服用するなどしてから、自己責任で口にされたらいかがでしょうか。

国内での食中毒の種類別発生状況については前報そのー2でご紹介した東京都広報にグラフで分かりやすく報告されていますので目を通されておくことをお薦めします。また同時にご紹介した大阪府の広報には「全国・大阪府の食中毒発生状況」のページで詳細な統計情報が確認できるようになっていますので参考にしてください。

2-3 常在微生物の変動要因:
常在微生物は、今まで述べてきたことからお分かりのようにその場所で種類や数が変動します。腸内細菌についての今までの研究によると、同一人であれば食物、生活環境が一定で、健康体であれば、その内容は安定しているとされています。その次ぎに菌数や菌種が多い皮膚における常在微生物も同じ事が言えるでしょうし、同居の家族も同様でしょう。

追跡調査から同一人の時間的変動よりも個人差の変動の方が大きいということからも、その個人の体質と生活環境や食文化などの因子の方が強く影響することが分かります。
一方、老化により腸内細菌の変化が出てきて、腐敗菌の一種や大腸菌、腸球菌、乳酸桿菌など歓迎し難い菌類が増加し、逆にビフィジス菌が減少するということが報告されています。これは腸内環境も老化が始まるという表れであり、減少するビフィジス菌の補給が有効ということが、このことからも分かると思います。また、前項で述べましたようにストレス、薬物、地域移動、そして病気などで常在細菌は大きく変動し、そのバランスの崩れが更なる健康悪化を招きます。 *光岡和足「腸内菌叢」理化学研究所ニュース July 1980

国際的にみるとその国、その地域で常在細菌が大きく異なりますが、それは今まで説明してきたようにその環境に居る微生物が母体を経由して受け継がれていくからであり、このことから常在微生物は環境や食文化と一体化していると考えて良いでしょう。民族的な遺伝的特性もありますが、環境と食がその腸内などの微生物を通してその当人の身体を作っていくということは移民、移住の人達の追跡調査でも明らかな事実とされています。

私個人の経験でも、海外に出かけた直後は胃腸障害を起こしやすく、そこでの生活を続けている間に腸内も安定(順化)しました。そして時々帰国した時や完全に帰国した直後は、刺身など生ものを食べると必ずと言っていいほど体調を崩す傾向があり、整腸剤の助けを借りた覚えがあります。この様なことから自分達にとってはなんともない食物も、食文化の違う地域の人にとってはその健康に影響を与えることがあるということを知っておいてください。

腸内細菌は経口的に入ってくる病原菌を抑え、殺菌までして、感染から守る働きをしていますが、その菌種や数は居住環境の違う人によって異なり、かつその時の体調すなわち抵抗力(免疫力)にも差がありますので、発病にも差がでてくる訳です。この様なことを遠方からの来客を食事に誘う時の心得とされると良いでしょう。

2-4 発病機序(感染性の病気が発生する仕組み):
外部から様々な方法で生体に至った微生物は、共存するか病原体として勢力を振るうかのどちらかを目的として行動しようとしますが、侵入された側の生体は直ちに持てる免疫システムを駆使してその外来物を確認します。そして、その免疫系バリアーで害なしとされたものは共存もしくは寄生する形で、生体の恒常性機構で許可された場所に定着し、許された範囲内で他の微生物と共存、生存していきます。害あると判断されたものは健康な生体であれば直ちにそのものを排除したり、無害化しようとします。

この働きを担うのが、全身に張り巡らされた免疫系の中の白血球軍団です。いわば生体内警察や軍隊組織と考えてもらっても結構です。白血球は大分類すると多型核白血球、単球、リンパ球などに分かれ、リンパ球にはB細胞、NK細胞、T細胞があり、T細胞は今のところさらに6種類のものに分かれます。それらは各々大事な任務を持って、連携しながら事に当たるのですが、その詳細に興味があるひとは拙著「Biological Management」をご覧いただくとその中の免疫系の項で分かりやすく解説してありますので、ご利用ください。
病原微生物に対して、これら免疫系の細胞群が確認し、侵入を阻止している間は全身あるいは局所では発熱や不快感が高まって来ますが、阻止できなくなるとその病原体に負けて発症ということになります。病原体により対抗する白血球の種類や数も異なり、病原体の方も毒素などの兵器を駆使して猛攻撃してきますので、それぞれ独特の症状が出てくることから、医師としてはその所見の説く特徴を診断の一つにする訳です。

私達の免疫系は、先天的素因や年齢で差がある他、ワクチンの有無、既感染症の種類と程度の他、ストレス、生活習慣などが大きく影響しますので、日頃の体調管理が重要です。
このことについて覚えておかれると良いことは、「自分の腸内細菌が元気で活躍している」ということについてです。免疫機能の不調は便の状態、肌や粘膜(口腔内、目など)に症状が表れますし、快食快便であれば先ずは体内の免疫機構が良好という目安になります。また自分の体内にできる癌も免疫機構からみれば異物ですので、侵入微生物に対すると同じような戦いが生体内で行われるということを知っておかれるとよいでしょう。ただそうであっても、免疫機能は30歳を越えるころから急速に低下していき、50歳を越える頃には感染症や発癌の勢いに追い着いていけなくなるのが普通の人です。この一番の原因は先に説明した免疫細胞、特にその中のT細胞やB細胞の特異的応答が低下することによると報告されています。

*磯部健一他 「老化と免疫」日本老化医学会2011:48:205-210

2-4-2 微生物毒素:
微生物による食中毒は、その微生物自体が生体の免疫システムに打ち勝って侵入し、自分の好む場所で増殖していく過程でそれぞれ独特の症状を感染者に発症させていくのですが、中にはその微生物自体が生成する「毒素」が発病原因となるものも少なくありません人を経由するなどして調理中に混入した微生物が、食材や調理品の中で増殖する過程で毒素を産生し、その毒素を含んだ食品が生体内に入ることで中毒を発症させる場合と、微生物そのものが飲食時に体内に入り、それが体内で増殖していく過程で毒素を発生させることで中毒を発症させる場合などがあります。ここにその毒素を産生させる微生物とその毒素を記載しておきます。

毒素を産生する主な食中毒細菌;

  • 腸管出血性大腸菌(0157、0111、026など) ⇒ ベロ毒素
  • ウェルシュ菌 ⇒ エンテロトキシン
  • 黄色ブドウ球菌 ⇒ エンテロトキシン
  • ボツリヌス菌 ⇒ ボツリヌス毒素
  • セレウス菌 ⇒ エンテロトキシン(下痢型と嘔吐型の2種類の毒素)  トキシンtoxin=毒素の英名

毒素(マイコトキシン)を産生する主な真菌類:
真菌属はいわゆるカビで非常に多くの種類があり、同じ属の中でもその性状から有益、無害、有害のものがあります。中でもアスペルギルス属、ペニシリウム属、フォザリウム属ほか麦角アルカロイド産生カビ等々はそれぞれ独特の猛毒を産生し、これまでも各所で深刻な健康被害を出してきていますので、カビも毒キノコの仲間と考えて、先ずは怪しい物は決して口にしないことにして、必要に応じて専門書を参考にするなどして安全を図ってください。

微生物産生毒素のほとんどは人間にとって毒性が強く、料理を加熱しその生きた本体を殺しても毒素自体は分解されず、毒性も弱くなりません。その中毒発生の実態をご理解頂くために発生率の高い代表的な3例を挙げて説明をしておきましょう。

1)黄色ブドウ球菌
普段から皮膚や鼻腔内などに常在し、特に顔のニキビや手指の傷の化膿箇所で増殖しています。その様な箇所を触ったままの手でご飯をにぎった「おにぎり」で好発します。殺菌目的で表面に塩を付けていることにより一般の腐敗菌や大腸菌などの増殖は抑制されますが、ブドウ球菌は好塩菌なので他との競争が無くなったところで、ほどよい温度の中で活発に増殖、その過程でエンテロトキシンを産生、この毒素ができてしまうと100℃30分の加熱でも毒素は分解されません。このようなものを食べると平均3時間後には吐き気、おう吐、腹痛が起こります。発熱はあまり高くはありません。
2)ボツリヌス菌
この菌は環境変化の中でも生き続けるための芽胞(菌体内に保有する種子様構造の部分)を持っており、塩や辛子、酸などにも抵抗性があり、寒暖の厳しい環境の中でも存続可能な菌の一種です。この様な菌には、傷の中に入ると大変な毒性を産生する破傷風菌なども存在し、両者とも各所の土、泥などの中に必ずと言って良いぐらい存在します。これらは増殖する時は酸素を必要しないことから、衛生的に不十分な環境で作られた飯鮓(いずし)や漬物(からしレンコンなど)の中に入ると、乳酸菌や他の雑菌が少なくなるような場所で盛んに増殖します。その過程で産生するボツリヌス毒素は猛毒でこれまで多くの人達を死に至らしめています。
3)真菌(アスペルギルス・フラバスやパラチクスなど)
この真菌が産生する毒素(アフラトキシン)は脳、肝臓、腎臓を侵し、強い発がん性もあります。ピーナツとその加工食品、ピスタチオ、トウモロコシほか輸入穀類、ナチュラルチーズなどによく繁殖します。この内容から、換気の悪く、湿度や温度が高く、光が入らないような環境、例えば船底倉庫などで長時間掛けて搬送された穀物、種子、果実などは、これらカビ属にとって恰好の繁殖場所であることが理解できるのではと思います。実際に、それらが産生する毒物は上記輸入品の多くに認められるのが普通で、輸入品の管理はアフラトキシン存在の有無ではなく、濃度(10μg/kg以下)で規制されているようです。因みに市販のピッスタチオを確認してもらえば分かると思いますが、一個当たり少量ながらもカビが生えているものがあることに気がつくでしょう。

3.水の知識(安全な水、危険な水について):

ご承知のように地球には水が豊富で、その水が生命の源となっています。
化学式で書けばH²Oですが、この化学式通りの超純な水は実験室で作らないと得られず、口にしても美味しくはありません。美味しいという味は、水の中に自然から溶け込んだ、化学的には不純物と言われる各種物質が作り出すものであり、その地域や保存方法、飲む人の感覚などで変わってきます。また各種の酒類や調味料や製造工程で水を多く使う食品なども、そこの水の成分で品質が左右されます。その他、多くの産業で水が多用され、その管理についても色々なノウハウがあります。本報のテーマは人の安全性に関することですので、その切り口から水というものの特性と注意事項を解説します。

食品、医薬、医療機器、バイオなどの産業で、また医療や介護、そして宿泊業や飲食サービス業で発生させる健康被害の多くに、そこで使う水の管理不十分に起因するものが多いのですが、それが意外に理解されていないのが現状です。
それは一般の人には問題の相手が見えないことが一つの要因と思いますが、やはりその被害の深刻さに比べて実践的な学習と訓練が疎かになっていることが一番の原因と私は思っています。その助けにもなればと思っても書いておきますのでそういう観点から是非ご確認ください。

一口に水と言っても、それには次のものがあります。
自然水(海、河川、湖、地下水など)、井水、市水(水道水)、そしてこれらを原料として造られる加熱水、濾過水、イオン交換水、蒸留水などがあります。
この中の自然水、そしてそれと同等な井水には必ず様々な微生物が存在しています。これらの微生物はその水の中に溶け込んだ天然物質を栄養として生存していますが、通常はそれらの栄養濃度が低く、流れもあって水の活性度も高いことから栄養要求の強い微生物の繁殖は自然と抑えられています。そこに汚物や肥料、洗剤などが流れ込むと微生物達が増加しだし、その自然水が微生物汚染されたという状態になります。人畜有害微生物は栄養要求が強い微生物が多く、増殖するとその水質を著しく低下させ、それを回復させるための手間と時間は非常に大きく、私達は歴史の中で何度もこの失敗を繰り返してきています。皆が一丸となって自然水の汚染を防止する必要性があるということは、このような理由からなのです。

私達が生活用水として使用する市水は、その安全性を担保するため厳しく管理されており、それを犯す者は厳しく処罰されます。市水用水は、予め浄水場で伝染病原因菌や毒物の混入についての検査を行い、さらにその後の伝染病発生を予防するために次の3種の薬剤のどれかが混入されることになっています。
「次亜塩素ナトリウム」、「次亜塩素酸カルシウム」、「液化塩素」混入濃度は、遊離残留塩素 0.1㎎/ℓ以上、結合残留塩素0.4㎎/ℓ以上。
下限値は、0.1ppm以上 となっています。

これらの塩素含有清浄水が市水として水道管を通して各家庭などに供給される仕組みになっています。ですからその地域特有の自然から溶け込んでいる物質も、有害物でない限り生活用水として届くことから、地域によって味が異なってくる訳です。
また、それ以前の自然水はさらにガス濃度や他の独特のものが含まれていることから、その時の水温も含めてまたさらに美味しいと感じられるのですが、今の世の中では微生物学的には安心できるところは無いと考えた方が賢明でしょう。先にも述べましたように、そこに長く住んでその水を飲み慣れている人は、その水中の微生物もきっとその人の腸内常在細菌の一つになっていて健康上の問題を起こしませんが、余所から来た人間はそうはいかず、良く言われる「水にあたる」というようなことでしばらく体調を崩すことになりかねません。また古い施設の貯水槽は老朽化と共に配管も含めて内部が微生物学的に汚染されており、そこからの生水を直接飲むことはたとえ無臭であっても避けるべきでしょう。

市水に含まれる残留塩素は数分間の煮沸でなくなりますので、カルキ臭の除去には有効ですが、逆にその水は保存がききません。また市販のミネラルウオーターも中身は無菌ではありません。大方は伝染病起因の微生物の混入を管理した中で、風味を落とさない様に天然水を濾過する程度ですので、たとえ冷蔵庫に保管しておいても時間と共にカビなどの発生があります。なお栄養分の少ない水の中での微生物の発育は目立ちにくく、一般人が目視できるような状態ではカビ類も含めてかなりの菌数になっている筈ですので、沸かして飲むのも止めるべきです。このようなことから飲料水は日の当たる暖かい場所での保管は行わないようにしてください。欧米のガス入り飲料水(「スパ」など赤色キャップ品)は、混ざっているガスの作用で酸性に傾いていますので、微生物の生育は抑えられ、より保存がききますが、それを沸かしてしまえば微生物の抑制力は無くなると思ってください。

もともと通常の飲料水は栄養要求の強い伝染性病原菌にとっては快適に繁殖できる場所ではないのですが、そこに糖分、ミルク、蛋白質などが少量でも入ると急激に増殖を開始し、さらにそれが調理に使用され保管されたりすると、たとえ冷蔵庫の中でも増殖し、菌種によっては毒素の産生もしますので注意が必要です。これまで何度も述べてきましたが、乳幼児、老人、妊産婦などから被害を受け出しますので、自分が大丈夫だからという考えは、中毒管理の面からは捨てましょう。

濾過水は、原料水を沢山の高分子中空糸を束ねたカラムの中を通過させて、その中空糸壁が持つ微細穴を利用した濾過方式で得られる清浄水で、この方法は生産効率と除去率が高いことから量産工程ではよく利用されます。小型で簡単なものは家庭用や実験室用としても市販されていますが、濾過器によって性能が異なりますので、十分な確認が必要です。現在はこの中空糸装置の種類も増え、微生物の濾過効率が非常に良いもの、あるいは海水を真水に替える装置など、各方面に技術展開がなされており、同じ原理で腎不全患者の血液浄化(透析)や、中毒患者血液からの毒物除去など医療関連で盛んに利用されている方式でもあります。

イオン交換水というのは、イオン交換樹脂を通して化学的不純物を吸着濾過して得られる水です。そのことから化学試験用水として使うのであれば問題ないのですが、単純な装置は医療用はもちろんのこと飲料用や食品業務用としては安易に使用すべきではありません。その理由は、イオン交換樹脂層で塩素が吸着されることにより、混入していた微生物がこの樹脂層の中で増え、その汚染累積により安全性が低下するからです。装置が大がかりでなく、価格も高くないことから、内部に微生物制御用の紫外線照射を付けたり、中空糸カラム装置を併用するなどして使われてはいますが、定期的な微生物学的水質管理が大切です。

蒸留水は、いったん濾過した原料水を加熱して沸騰させて、その蒸気を冷却回収することを何度か繰り返して得られる微生物学的、化学的に最も清浄な水です。このことから注射用水などがこの方式で造られますが、装置が大がかりになり、プラントといってもよい構造設備となります。安全性は高いものの食料量用品としてはコスト高になります。

ここで水に関する終わりに、微生物学的な大事なことを書いておきましょう。
それは大腸菌などグラム陰性菌と称される菌類は、たとえその菌が死んでも、その菌の死骸(細菌の細胞膜で発熱性物質「パイロジェン」)が残っていて、それを含んでいる水が血管内に入ると、その人に1時間前後の間に猛烈な発熱が起こり、その量にもよりますがショック状態に落ちることがあり、免疫が低下した患者さんなどは死に至ることもあります。
この様なことから注射薬や、血管内に入れる医療機器などには、前述の注射用蒸留水以外は使用してはいけないことになっています。この発熱性物質は生き物ではないことから通常の殺菌ではもちろんのこと、滅菌でも無くならず、乾熱滅菌方法で250℃ 20分以上で処理しないと除去できません。一方、自然水はもちろんのこと、水道水などもこの発熱性物質を必ずといっても良いぐらい含んでいますので、経口的な仕事の範疇であれば問題ありませんが、血管内に注射または挿入する手技に関係するものの取扱にはこのことについての厳重な管理が必要です。発熱性物質でいったん汚染されてしまうと大きな被害を受けることになりますので、普段から関連施設や使用用具の微生物増殖に注意を払うと共に、グラム陰性菌はもちろんのことグラム陽性菌であっても毒素産生菌で汚染されたと疑われる場合は、関係する物品の破棄や交換を行うことが必要です。
私の経験から皆さんの注意を促したいのは緑膿菌Pseudomonas aeruginosaとセラチア菌Serratia marcesensの多剤耐性型です。これらは冷蔵庫内でもしっかり増殖していきますので、特に医療関係(病棟や介護)の方々はこの内容と対処方法をしっかり勉強されておくことを推奨します。

*グラム染色という細菌を鑑別するための染色で赤く染まる菌をグラム陰性菌、青く染まる菌をグラム陽性菌と言います。赤痢菌やサルモネラ菌などはグラム陰性菌で、ブドウ球菌はグラム陽性菌です。

4.微生物の増殖抑止(消毒、殺菌、滅菌の違い):

先ず言葉の定義から説明しておきましょう。
「消毒」とは、有害な微生物の活動を弱めたり少なくしたりすることを言います。
「殺菌」とは、特定の細菌を殺すことで、病原性や有害性を有する真菌類、細菌類、ウイルスなどの微生物を死滅させる作用や操作のことを言います。
「滅菌」とは、考えられるすべての微生物を死滅させることで、増殖性を持つあらゆる微生物を完全に殺滅、又は除去する状態を実現するための作用や操作のことを言います。

次ぎに上記の微生物制御の実際の方法についてその概要を説明しましょう。
消毒」は、一般的に化学薬品すなわち各種消毒薬に漬けたり、噴霧したり、拭ったりする方法が行われます。また、衣類や布団、あるいは器具類などについては日光にさらして、その紫外線の殺菌効果を利用する方法があります。
殺菌」するためには、多くは化学薬品が使われ、消毒処理で使うものより効果の高いものが用いられ作用時間も長いのが普通です。その他に物理的な殺菌として、加熱、紫外線照射などがあります。風味を損なわずに病原菌を殺すために食品分野でもよく行われます。代表的なのが牛乳の殺菌方法であるPasteurizationで、低温殺菌法63℃30分、高温殺菌法75℃15秒などの条件で行われています。
滅菌」は、微生物の完全殺滅を目的にしますので、滅菌したい品物を壊さないぎりぎりの条件を求めて、加熱や電子線、ガンマー線などの照射を行います。
これら滅菌は微生物の生存が許されない医療機器、医薬品などに行われますが、耐熱性があって、乾いたもの例えば硬質ガラス類や陶磁器類に対しては250℃、20分とか、60℃72時間などの条件で乾熱滅菌という方法が行われことがあります。乾いた条件では品物の品質を損なう様な、例えば液状の薬品の滅菌には高圧蒸気滅菌法、例えば2気圧の飽和蒸気圧の中で、121℃ 20分などが標準的な条件ですが、その品物によってはそれに見合った信頼性管理の下でより緩和な条件で滅菌を実施することもあります。

電子線やガンマー線などの物理的エネルギーを利用して製品内部のどこかに生存しているかもしてない微生物(遺伝子)を殺してしまう方法は、多くのディスポーザブル医療機器に実施されている滅菌方法で、包装工程後でも連続的に照射可能ですので量産工程に適しており、イニシアルコストは掛かるものの滅菌方法としては信頼性の高い方法です。我が国ではこの方法を食品に適用することは許認可の関係もあり商業ベースでの実用化は普及していませんが、海外では多くの国が各種食料品の殺菌、滅菌もこの放射線照射法を実施して効果を上げています。*我が国は放射線に対する社会の拒否反応が影響して、ジャガイモの発芽抑制を目的とする以外は食品に対する放射線照射は輸入品も含めて未だ認められていません。

これ以外に、例えば流動性の飲料水、酒、ビール、医薬品などはそれぞれの方法で濾過方法による殺菌あるいは滅菌を工程内で行い、製品に仕上げています。

ここで微生物管理について大事なことを述べておきます。先に書いた方法は国の定めた規格基準にも載せられている標準的な方法なのですが、これらはあくまでも目安であり、実際にはそこの色々な条件に合わせて最終的な条件設定をする必要があります。その時、一番重要なことは、その原材料、加工処理工程とその周辺環境、そしてそこに携わる人間が、どのくらい衛生的に清浄なのかということが決め手になります。言い換えると処理前の状態が汚れてなく、付着微生物が少ないほど消毒、殺菌、滅菌の効果が上がり、その逆の場合はたとえ行ってもその目的が完全に果たされるかどうか確実でなくなります。それは殺菌や滅菌は非対象物の品質機能をダメにしない限界内で、菌の上限値を決めて条件設定するのであって、どんな微生物であっても、そしてそれらがどんなに数が多くても確実という方法は焼きつくす方法以外にはないからです。

その様なことから最初から汚染菌数が少ない状態ほど確率的に滅菌効果が上がる仕組みになっているということを知っておかれると良いでしょう。実際には、これの条件は現場の各種環境試験結果をもとに専門的な信頼度計算により設定されるものなのですが、簡単に言うと日常の管理、すなわち5S「整理、整頓、清潔、清掃、しつけ」の結果でこれら微生物制御の条件も変わってくるということと、処理仕上がった物の安全性にも違いが出てくるということをしっかりと心得ておいてください。

また微生物はご承知の様に生存する環境で生き難くなると、生き残るために進化をするものが出てきます。私達はこれを「耐性を持った」と表現していますが、それは菌体内のプラスミドという環状DNAの中に耐性を持つために必要な色々な酵素を作っていく遺伝子が存在するからであり、これが同種あるいは別種の仲間達に生き残り能力を付与、伝搬していくと言われています。。この様なことから新薬と微生物のイタチごっこが繰り広げられていうのが現実です。これは微生物だけではなくがん細胞も同じで、時間と共に新薬が効かなくなるとうことが臨床の場を苦しめています。 *東北大学医学部 賀北満夫大学院教授

なお、これまで説明してきたことは、その対象とする微生物が、我々人間の生活環境条件下で、医療や食品を扱う産業を通して人に害を与えるものの範囲内であるということをお断りしておきます。この地球上には、我々が生きていけない環境の中でも生存している微生物がいることが分かっており、それらは我々の手の届かない所にいて、今のところは人には害を与えないだろうとう考えで前述の殺菌、滅菌条件などを定めているということを知っておいてください。将来、宇宙で行動する様な時にはこれらの微生物のことも無視することができないようになるかもしれません。現に航空機等の燃料タンク内の有機溶剤が存在する中で増殖して、その容器壁を内部から分解していく微生物も知られていますので、油断はできないのです。

「日本極限環境微生物学会」が発表しているところの、我々の生活環境から逸脱するそれら特殊な微生物の生存限界についてここにご紹介しておきますので、興味のある人は勉強してみてください。

環境: 代表種 (~まで生存可能、生育限界を表す、*記しのものは通常環境下でも生存)
高温: 好熱菌 Methanopyrus kandleri  ~122℃
高pH: 好アルカリ菌 Alkaliphilus transvaalensis ~pH12.5
低pH: 好酸菌 Picrophilus oshimae ~pH-0.06(超強酸)
高NaCl濃度: 好塩菌 Halobactterium salinarum ~飽和NaCl
有機溶媒: 溶媒耐性菌* 石油、ベンゼン、トルエン内で生存可能
高圧力: 好圧菌 Moritella yayanosii ~1100気圧
(マリアナ海溝底11,000mに相当)
放射線: 放射線耐性菌* Deinococcus radiodurans ~5000Gyで死滅せず
Rubrobacter radiotolerans 16,000Gyで37%生存

(Gy=グレイ、大腸菌やヒトは30Gyで死亡)

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以上、「自他共に守るための衛生学 食中毒特集」をここで閉めさせてもらいます。
できるだけ分かりやすく噛み砕いて書いたつもりですが、あまり専門的になりすぎてはと思って簡単な説明で終えた箇所もあります。
もし不明な箇所、もっと知りたい箇所などがありましたら、メールなどでいつでも、ご遠慮なくご連絡ください。出来る限りのサポートを致します。

また、より新しい知見や話題をお持ちの方がおられましたら、皆さんのためにもなることですので是非ご教授をお願いします。

本テーマは食品関係の方々だけではなく、医療、介護などに携わっている方々の勉強材料にもなるようにまとめたつもりですので、お心当たりの方々にもご紹介頂ければ幸です。

以上、今回3回に分けてご報告したこの特集の目次を索引の形で次ページに添付しておきますのでご参照ください。

高田 紘一       

 

索  引

自他を守るための衛生学基礎知識

その1 食中毒

添付資料
・政府広報オンライン:食中毒を防ぐ三つの原則、六つのポイント
・消費者庁広報:手洗い実態調査結果報告

 

その2 その科学的根拠について(1)

1.細菌と微生物の違い
2.微生物の大きさ
3.微生物の数
4.生存環境の特性
 4-1増殖(繁殖)速度
 4-2居場所とその違い
 4-3調理:家庭用と営業用の違い
5.手洗いが必要な理由
6.毛髪管理が必要な理由

その2 まとめ
 ・一般の方へ
 ・飲食を提供するプロの方々へ
  添付資料 食中毒に関する広報(東京都、大阪府)

 

その3 その科学的根拠について(2)

1.ウイルス、プリオン、寄生虫について
2.居場所とその違い
 2-1常在微生物
 2-2異種動物からの感染
 2-3常在微生物の変動要因
 2-4発病機序(感染性の病気が発生する仕組み)
 2-4-2微生物毒素
3.水の知識(安全な水、危険な水)
4.微生物の増殖抑止

索引

追記 バイオ産業に携わる方々に宛てて