前報「その1~食中毒~」を読んでみていかがでしたか?

その中でご紹介した消費者庁の広報「手洗いの実態調査報告」と政府広報「食中毒を防ぐ三つの原則、六つのポイント」は一般の方にも分かりやすく作成されていますので、しっかり読み解き、ご家族や職場で情報を共有され、皆さんが被害者や加害者にならないようにするためにも、ぜひ参考にされることをお薦めします。

それらに書かれている注意事項を遵守することがなぜ大切なのかについては、上記広報の中にも述べられてはいますが、より深く理解するための科学的根拠について、私からも補足しておきましょう。そのために、この「その2」は、食品を人に提供するに当たって、全過程で注意が必要な、次のような最も基本的なことにポイントを絞って解説をしていきます。
『なぜ手洗いが必要なのか?』、『なぜ身だしなみを整えないとならないのか?』その根拠。
なお、一般の方には若干の科学的予備知識も必要ですので、先にそれらのことをできるだけ噛み砕いて以下に説明をしておきます。

1.細菌微生物の違い:
人の健康に良くも悪くも影響を与える微少な生き物は細菌以外にも沢山存在し、それを総称して「微生物」と呼んでいます。食中毒を発生させるのは細菌だけではないことから、私もこの言葉を使っていきますが、皆さんは日頃、「細菌(バクテリアbacteria)」という言葉の方がよく見聞きされていると思いますので、混乱しないようにこの細菌微生物はどう違うのかということを説明しておきましょう。

「微生物」とは、水溜まりにいる藻類やアメーバなどの「原生生物」、そして「細菌類」「菌類」など単独では肉眼で見えない生物を総称して言いますので、非常に広範囲の微小な生物群を指します。その中に含まれる細菌類だけでも現在244属1660種が認知されているとのことですが、深海や地中深くにはまだまだ未知のものがいると予測されています。その中で、本題に関係する主なものについては後ほど解説します。
菌類もまた種類が非常に多い生物群で、カビ類、キノコ類、酵母類が入ります。カビ類を真菌類と呼ぶことがあり、病原性のある白癬菌(水虫)、カンジダ、クリプトコッカスなどもこの中に含まれます。他に、朽ち木や土の中に居て、集団となると目視可能な巨大なアメーバの様に変形しながら移動するカビなのかキノコなのか分かりかねる不思議な生物「変形菌」、別名「粘菌」なども菌類に含まれ、森の生態系を保つ大事な役目を担っていて、昨今 先端技術分野でも話題に出たりしていますのでご存じかもしれません。この他に、微生物としてはサイズが大きな部類で、肉眼では定かでなく虫眼鏡では見える「寄生動物類」(ツツガムシなど節足動物・ダニ目:リケッチャによる人獣共通感染症を媒介)も医学的には微生物として扱っています。

一方、光学顕微鏡でも見られず、観察には電子顕微鏡が必要な「ウイルス類」は、教育では微生物学の中に出てきますが、生物学的分類からは生物と別に扱われます。それは極微というサイズの問題ではなく、従来の生物とは生きるための仕組み方が違うからです。自分自身で生きる代謝機能を持たず、他の生物細胞の中に入り込んで、ちゃっかり、時には悪質に内部の仕組みを利用して増殖していくという、生物と無生物の間に位置するもので、昔からの生物学の定義から外れる特徴をもっているからです。そうすると、例の狂牛病の源になるプリオンも生物学の定義から外れた特徴ですから、ウイルスとはまた別の感染性のある蛋白質の一種として区別されています。なお、ウイルスは、インフルエンザやエイズ、さらには一種の癌の病原体などとして有名ですが、すべてが悪玉ではなく、生物にとって無くてはならないものもありますし、昨今のバイオテクノロジーでは盛んに有効利用されているものもいるということを頭に入れておいてください。これらウイルスやプリオン、寄生虫の世界についても今回の話に関係があるものについては「その3」で説明をすることとして、先に細菌の世界をお話ししていきましょう。

このように、分類についてざっと話すだけでも複雑広範囲で、皆さんに混乱を与えそうで、かつ この記事の目的から外れることにもなりますのでこの辺で止めますが、要するに微生物とは細菌も含めた目に見えない色々な生物の総称であり、それらが私達の目に見える生物界よりはるかに広大な生物界を私達の身の回りに築いているということを知っておいてください。言うなれば、微生物界が私達の世界の中にあるというよりは、微生物界の中に私達が存在していると言っても過言ではないのです。自然というのは本当に奥が深いですね。

2.微生物の大きさ
先に、小さいサイズを示す単位についての復習と、微生物のそれぞれの平均的なサイズ(長径)を確認しておきましょう。
細菌の場合はマイクロメートル(µ)、ウイルスの場合はナノメートル(nm)という単位で数えられます。なお、マイクロメートルは通称マイクロとかミクロン、ナノメートルもナノなどとも呼ばれています。

1 ミクロン/μm=0.001 ミリ/mm、1ナノ/nm=0.001ミクロン/µm、(1ミクロンは1ミリの1000分の1,1ナノは1ミリの100万分の1)
植物細胞の平均サイズ 35μm、動物細胞の平均サイズ20μm、ヒト赤血球7.5μm、
原虫 10~50μm(数10μm)、真菌 3~5μm(数μm)、一般細菌 0.5~10μm(1μm)、 
リケッチャ、クラミジア 0.3~2μm(0.5μm)、インフルエンザウイルス 80~120nm(100nm)、
ノロウイルス 30~38nm            (括弧内は平均値)

<これらのサイズについて、次のことを目安にして頭に描いておかれると良いでしょう>

①大腸菌の長径が1円玉(直径20㎜)を立てた高さと仮定したら、身長1mの子供の背の高さは2万倍の20㎞(一般航空機飛行高度10~12㎞)に相当。

②平均的なウイルスの直径を1円玉としたら、ヒトの大きさは地球サイズに相当。

 

3.微生物の数
自然界にいる微生物の種類や数については、おおよその推定はされているもののハッキリ言って不明です。その理由は、地球には私達にはまだ手の届かない場所がまだまだあることと、サンプルを採取してもその培養条件など分かっていないものが沢山いることが分かってきているからです。

その当たりを、知りたい方は産総研(国立研究開発機構産業技術総合研究所)の次ぎのサイト「ミクロの世界ハンター!?」を開き、確認してみてください。
http://www.aist.go.jp/science_town/environment/environment_11/environment_11_01.html

それでは、私達の身体にはどのくらいの種類と数の微生物が居ると思いますか。
これまた大変な数量で、今分かっている微生物の中の細菌類だけでも種類にして500以上、数にして100兆以上になると推定されています。
数がかなりハッキリしてきた人間を構成する細胞数は37兆個(注1)と言われているので、その3倍以上の微生物が私達各自の身体の各所に住み着いているのです。

腸内の常在細菌については、腸内微生物研究者である辨野義己氏が次のように報告されています。

総菌数:糞便1グラム約1兆個(注2)、腸内常在菌の総重量:約1キロ
種類:1000種以上、その内生育に酸素を必要とする細菌:好気性菌 1億個以下
   酸素があると生育できない細菌: 嫌気性菌 1000億以上

(注1)人間を構成する細胞の総数は、これまで60兆個というのが通説でしたが、近年イタリアの研究チームがそれを37兆個と修正報告しています。私も、これまで自著等の中で60兆個という数値を引用してきたことから、その論文詳細を確認してみましたが、信頼に足りるデータと判断しましたので、ここから37兆個説を使うことにしますので了解願います。なお、この37兆個のうち7割に当たる約26兆個は赤血球が占めるとの計数内容でした。

(注2)細菌を数える場合通常は匹でなく、個という単位をつかいます。その理由は、個々の細菌は肉眼では見えないことから、培地を使って増殖させ、1匹が増えて培地上に目視できるようになった塊(コロニー)の個数を数えて、その検体の中の菌数とすることにしているからです。よって個数=匹数と考えてもらっても結構です。

4.生存環境と特性:
微生物は、普段は自然環境の中で自分達の一番過ごしやすい場所に住み着いています。

そして単独で増殖をするより、多くは他の微生物と共存共栄の形で生活圏(コミュニティー)を形成して過ごしています。これを微生物そうといいます。どんなものかの一例を挙げると、皆さんの自宅や職場の水道の蛇口、排水口、浴室の壁などによく観ることのできる黒い汚れです。黒く目立つのはその色素を持つカビ(真菌)の一種ですが、そこには肉眼的には見えませんが他の幾つかの細菌など微生物が協力しながら生存し続けやすいように、階層状に独特の住みかを作り上げていきます。それが成長してくると、乾燥や薬剤などに抵抗性を持つようになります。これらは、例えば水道口のその箇所からは、流れ出す水の中に混じってそこに住み着いている微生物の一部が出てきます。そしてそれが他の箇所に水と共に移動、広がっていくことになります。皆さんも、普段はその様なものが混入した水を飲んでいることになりますが、健康で、かつ常日頃住み慣れた家庭内からのものであれば、それでお腹をこわすことはありません。しかし、体調が優れない時(免疫機能低下状態)や、住んだことのない地域では、直接生水を飲むのは例え今の日本であっても控える方が良いでしょう。特に古いビルなどの水や田舎の井戸水は危険が一杯で、そこの住人が大丈夫だからといっても、そのまま飲むのは注意すべきでしょう。販売されている水も無菌ではありません。この理由については次報でもう少し説明をしましょう。

医療においては、この細菌叢を患者さんの傷口、例えば血管カテーテルの挿入口や手術創に発生させてしまうと面倒な副作用を発生させることになるので、常に注意を払っています。薬剤耐性のあるブドウ状球菌や緑膿菌が介護者の手指を経由して局所に住み着いてしまうと命取りになることがあるからです。
食品を扱っている職場では、流しはもちろんのこと、まな板、庖丁の柄等々、乾きにくい物を生乾きのまま放置しておくと、真菌や細菌が協力し合って繁殖叢をつくり、それを常在化させてしまうと汚染源となり厄介な問題を抱え込むことになります。
こんなことで、それなりの職人さんが実行しているように、仕事の段取りとして前後の清掃、整理整頓、清浄換気、乾燥などが、いかに大事なことかが分かってもらえるのではないかと思います。

4-1 増殖(繁殖)速度
微生物が定着、繁殖するには、その微生物に見合った条件があります。
温度、湿度、初発菌数(最初に着いた菌数)、着いた場所の栄養条件、酸素の有無、増殖に協力する或いは邪魔をする他の微生物の有無、その他色々な種類によっては独特の条件があり、それが適したとき旺盛な増殖を開始します。
ですから、このことを良く知っていれば、その増殖を防ぐこともできるのです。
これら条件は、その職業に関する衛生指導書や専門書に必ず書かれていますので参考にしてください。
(ここにそれを書くと大変なページとなりますので、ご了承ください。また、質問頂ければメールなどで回答します。)
ここには、食中毒件数の多い主な細菌について、その増殖速度を以下に記載しておきますが、この時間内ならまだ大丈夫だという捉え方ではなく、着けない、増やさないためにはどうするかということを実践的に身に付けることが一番大事なことなのです。

微生物は基本的に1匹単体のまま移動することはないと考えてください。身体の分泌物、増殖箇所の液体や固体物質、周辺の塵埃などと一緒に集団で広がっていきます。この後に提示する壁ピンの写真を見てもらえば分かるように、通常の接触伝搬では初発菌数も多いことから、発症に要す発病菌数に至る時間は非常に早いと捉えてください。また、唾液や咳による分泌物の飛散も微生物にしてみれば飛行機に乗って移動するようなもので、菌数としては大量で、ましてやウイルスにしてみれば一回のくしゃみで集団大移動となるのです。

因みに、下記食中毒菌腸炎ビブリオを例に取れば、2時間もすれば発症菌数になるのが普通で、食材がもっと汚染されているのであれば食後短い時間に嘔吐や腹痛、発熱などが起こります。また嘔吐物や下痢便には原因菌が大量に含まれており、注意が必要です。
現在、流行中のノロウイルスの嘔吐物なども同様で、外部で吐いた場合は、3メートル四方は汚染されていると判断すべきでしょう。その処理の仕方は広報など検索すると必ず手順書などが公開されていますので、食に関する人達はいざという時のために目を通しておくべきでしょう。

微生物名 所要時間/一回の分裂 発病菌数
腸炎ビブリオ 8 1万個
病原性大腸菌 17分 10~100個
サルモネラ 21 100~1000個
黄色ブドウ球菌 27 10万個
ボツリヌス菌 35 3~100個
ノロウイルス   10~100個

4-2 居場所とその違い: (次報その3で詳しく説明します)
常在細菌も含めて説明;家庭内(同居人)と家庭外(非同居人)、地域差(国内、国外)

4-3 調理: 家庭用と営業用の違い
次報その3で、前項に記載した内容を説明するときにもこの話を出しますが、大事なことなので重ならないようにここでも説明しておきます。

人の腸に住み着いている腸内細菌は、その人が生まれるときに母親から受け継がれます。つまり胎児が育つ母親の子宮内は無菌環境ですので、出産直前まではその胎児の体内外は無菌的な状態で育ちます。それが、子宮から出て産道を通り外に出るときに最初の大部分は母親の膣や肛門付近に常在する菌が付着し、その乳児の手指や母親の乳首などを経由して経口的に乳児の腸内に持ち込まれ、そこで増え、定着します。また、乳児には周りの環境からも色々な微生物が付着しますので、それらの一部もその乳児固有の常在微生物となり、その先 外界で生きていくための免疫形成など非常に大事な生理的現象の先駆けとなります。なお、同じ屋根の下で暮らし、同じものを食べている家族に住み着いている微生物も、一種の良性感染型式で必然的に家族間の体内外を行き来することから、ほぼ同じ微生物種が常在するようになります。よってそれら普段から接触の多い、あるいは自分の体内に居る微生物に対しては、変異によりその病原性が変化するか、或いは当人が病気や年齢、薬剤などで免疫力が落ちないかぎり、異常反応を起こさないのが普通です。

住む環境や食べ物が変わると、常在微生物も変わってきて、その最大拠点である腸内の細菌叢にも違いが出てきます。腸内細菌叢は生体の調節機構(ホメオスターシス)の中で大事な役目を担っているのですが、そこに普段と違う菌が入り込むことで、その菌が病原性を持っていなくても、腸内機能が乱されます。
同じようなものを家庭で調理したものと、外の違う環境でつくられたものでは付着している菌種や数に違いがありますので、外で食べたものにより一時的ながら下痢や腹痛が発生するのはこの様な理由からです。ましてや海外に出たときは、旅の疲れで腸内機能が弱り、腸内を調整する乳酸菌などの数も減ることで、そこにそれまで居なかった細菌(現地の人には常在細菌だとしても)が侵入すると、腸内細菌叢の中で勢力争いが発生し、そのバランスが取れ落ち着くまでは消化管障害が続くことになります。さらに、そこにヒトに病原性を持つ微生物が入ると、一定の潜伏期を経た後、その微生物の持つ病理的症状が出てくることになります。この様なことは個人差があるものの往々にして起こりやすく、免疫機能の劣った老人や未熟な小児には重篤な被害を与えることになります。
したがって、旅行など家から遠く出かける場合は、普段から乳酸菌製剤など自分に合った整腸剤を用意しておいて、症状が出る前から服用しておくことが旅の知恵です。なお、この様な時に意味なく抗菌剤などを服用すると折角の元気な腸内常在菌を殺してしまい、症状を悪化させてしまうことになりかねないので、注意が必要です。

5.手洗いが必要な理由:
ヒトの手の表面は、全身を覆っている同じ外皮(皮膚)の延長で覆われていますが、ご覧のように表(甲側)と裏(平側)とは構造が違います。その違いは手の平側は指先まで毛が生えていないといことです。そして物を触って微妙な感触を感じ取るために皮下に毛細血管と共にセンサーの役目を持つ抹消神経が発達しています。また、表皮表面には物をたぐったり、掴んだりするために有効な規則正しい細かな波状シワが連なっています。これが指紋とも呼ばれ個人よって異なる模様を表しているということは、ご承知のとおりです。

手のひらの表面はいつも汗口から出てくる汗(水分と脂肪分)で湿っており、この湿り方は年齢、季節、その人の仕事内容などで大きく変化します。指紋の幅は0.5㎜前後、高さは0.1㎜前後ですが、この指紋の峰に当たる箇所にも小さな汗口が並んで開いています。しかしそこから出てくる汗だけでは物を掴むには足りず滑りやすいことから、時々本能的(無意識)に頭、顔、首、腕、足などを触ってそこにある脂肪分を指先に供給しています。このようなことから、受け取った水分や油分などが触った先にも着くことになります。皆さんのスマホなどの画面を横からかざして見ると、このことがよく分かると思います。

顕微鏡的にみると、ヒトの皮膚の表面近くは重層扁平上皮という細胞組織で構成されており、この名称が示す通り扁平な細胞が屋根瓦を重ねたような構造になっていて、この組織の底辺で新たな上皮細胞が次々とつくられ交代要員として常時満遍なく表面に向かって供給されて行きます。というのは物を掴んだりする皮膚表面組織はその物理的刺激から消耗が激しいからです。それと手のひら以外の全身の皮膚表面のほとんどは、同様に外部からの各種刺激に耐えるために角化層という無生物様物質に変化した層(その進化したものが爪、毛髪、ウロコ、甲羅、角など)となっており、皮膚上皮の場合はそれが常に外部に剥がれ落ちて、下層から上がって来る扁平細胞に置き換わっています。この剥がれ落ちているのがいわゆるあかで、お風呂に入ると水に浮くものや、頭を掻いた時にでるフケがそれです。また、眼鏡を使っている人ですと分かると思いますが、レンズの内側に着くゴミのほとんどは瞬きなどで目の周りの皮膚表面から落ちた垢や睫毛、眉毛であって、全身の皮膚から普段あのような表面の代謝物が体外に落ちているわけです。年末の掃除の時にでも、トイレや浴室の換気扇のフィルターに白くごっそり付着しているであろう自分達の身体から出た残渣に会って、日頃身体を保護してくれていることのお礼を述べておかれるとよいでしょう。なお、ここで知っておいてもらいたいことは、これら外皮からの剥離落下物のほとんどには、そこに隠れ住んでいた常在微生物も一緒になっているということなのです。

手で触った場合も、指先だけでもそこから出る、あるいはそこに着いた分泌物や細胞残渣が触った先に否応無しに付着移動します。さらに、鼻孔、耳穴、口腔内、陰部などを含め全身の皮膚表面には非常に多くの常在細菌が存在していますので、洗浄不十分の手から多数の細菌が、上記分泌物と一緒になって接触先に着つくことになるのです。

前記2.「微生物の大きさ」で説明したように、細菌は指紋の500分の1程の小さいサイズであり、指紋により広い表面積を持つ指先には分泌物に混じり込んだ微生物が存在し、かつ表皮表面はマツカサ状の形態になっていますので、そこに入り込んでいる細菌は簡単には洗い落とせず、生き残って増殖し、接触により移動した先が栄養豊富な心地よい先であれば待っていましたとばかり増殖をはじめるということになるのです。

肉眼で清浄な壁ピンも拡大すると

肉眼で清浄な壁ピンも拡大すると(クリックで拡大)

左の写真は、以前私が使っていた参考書から引用させてもらったものですが、普通に家庭で使われている壁ピンの先端を電子顕微鏡で撮影したものです。肉眼では一見きれいに見える針の先でも、一度でも人の手に触れるとこの様に細菌が付着しているという微生物学的な世界を表す内容です。このウインナーソーセージ様のものは、大腸菌など短桿菌の種類で、長径が平均1㎜の千分の一です。
*Jacquelyn G. Black: Microbiology 2nd ed. PRENTICE HALLより

ただ、ここで再認識してもらいたいことは、自分に、あるいは同居の家族に常在する微生物が再度自分に付着したり、入ってきたりしても、どこかで大量に増殖した状態や病原性菌と一緒でないかぎり前述のように被害を受けることは多くはありません。但し、それは侵入経路にもよります。身体の免疫機能を司るバリアーが皮膚表面や体腔入り口など各所にありますから、それの防衛範囲内であればということです。針やナイフなどで人為的に免疫バリアーを越えて体内、特に血管内などに細菌が入ると、たとえ自分の常在細菌でも炎症作用を起こす源になることを知っておいてください。身体の構造には内と外がありますが、消化管の管腔内も体外です。体内とは、鼻、口、肛門などから始まって身体内部に入り込んでいる管腔の壁の肉体側から皮膚上皮までの実質的な部分を指します。これを分かりやすく言うと、ゴムチューブの内腔は消化管の内腔に相当し、そこはいわゆる体内にある体外(内なる外)であって、ゴムチューブの壁の厚さ部分が真の体内に該当します。

そして、体内部分は正常な状態では綿密な免疫システムに守られた無菌の清浄部分ですので、そこにはたとえ常在細菌であろうとも意味なく入れない仕組みになっています。自分の常在細菌であっても入ると瞬時に排除しようという免疫反応、すなわち炎症が発生することになりますが、さらに自分とは免疫学的に違う いわゆるよそ者の微生物が入り込むと、そこで激しい炎症が起こり、負けるとその進入者特有の病気が発生するようなことになることをぜひ知っておいてください。また、出来上がった食品が、最終段階で煮たり焼いたりして無菌化されていたとしても、その食材そのもの、あるいは調理の過程で、保管方法や時間に問題があると、微生物の増殖や毒素産生、さらには毒性の強い腐敗による蛋白質変性物質などの発生が起こり、それらの濃度や食べた人の体質により、重篤な中毒発生源となるということも忘れないでおいてもらいたいと思います。

昔、公衆衛生学教室にいた私の友達が、下痢便がトイレットペーパーを経由してどのように指先に着くかという地道な実験の結果を聞かせてくれましたが、7枚以上の紙を極短時間に染み通して指先に菌が大量に移り着くという内容でした。今の日本は、大方はおしり洗浄機付きとはいえ、排便後の手洗いは必ず必要だということがお分かりだと思います。ましてや複数の人間が使用するトイレや洗面所、浴室などでは、微生物学的にみれば極微の細菌が各所にいて不思議ではないのです。なお、水にも問題がありますので、そのー3で説明します。

6.毛髪管理が必要な理由:
毛髪は皮膚内に埋まっている毛乳頭(毛根)とそこから先の毛髪部となりますが、毛髪の成長後期では毛乳頭は退縮しはじめ、それが進むと脱毛、脱落という経過をとります。毛髪の構造は動物種によって異なりますが、人間の場合は真ん中に毛髄質があり、その周りを毛皮質が取り囲み、外表面が鱗状の毛表皮(キューティクル)で覆われています。この構造はその毛髪自体の寿命や、その本人の年齢、環境例えば気温、紫外線、湿度などの影響、そして精神的ストレスや病気などで変わってきますが、その変化を簡単にいうと時間が経つほど痛んだ荒れた状態になるということで、このことは皆さんも日頃経験されていると思います。毛表皮(キューティクル)は前述の皮膚上皮の表面構造に似てウロコに似た表面の性状で、拡大するとあたかも立木のがさついた外皮の様なものと考えてもらっても結構です。

毛髪は、頭部(頭頂、側頭、後頭のいわゆる髪の毛)の他、腕、すね、腋、陰部などは目視的にも目立つものですが、より細く短い体毛を含めると大変な数になり、その各々に特徴があることから、その道の専門家はそれらを採取し確認します。日頃皆さんが、洗髪後の浴室排水口や洗面所、毛髪ブラシなどに着いた自ら抜け落ちた髪の毛を目にしていると思いますが、それがどのくらいかを推定するデータがありますのでここにお知らせしておきます。それによると、日本人の髪の毛は一日に55本ほど抜け落ちるという報告内容です。

①髪の毛の本数=約10万本

②髪の毛の寿命=2~7年(平均5年)

③1年に抜ける毛の本数=2万本

④1日に抜ける毛の本数=約55本

以上より8時間労働で抜け落ちる本数=18~19本

(日本食品衛生協会の佐藤邦裕著「人を動かす食品異物対策」サイエンスフォーラムより)

 

さて、これら毛髪が間違って製品の中に異物として混入してしまうと、たとえそれが無菌化されていたとしても、対象者に不快感を与え、今の世では大きなクレームに発展為かねず、回収、弁償などで、発生させた側は大きな償いを迫られる傾向が強くなってきています。

しかし、私がここで取り上げているのは、見た目もさることながら衛生性すなわち微生物学的危険性の面からです。医薬品や医療機器は基本的に生産工程で滅菌されますが、食品はその性状からほとんど無菌化されることが無く、行われたとしても洗浄や消毒、殺菌工程が限度であり、さらに食品の成分は微生物の恰好の栄養素になるという特性があります。(清浄化、消毒、殺菌、滅菌などの違いについてはその3で説明します)

前述のように、毛髪は普段使用する各種整髪剤など油脂成分膜で一本一本が覆われており、かつ外気と一番触れ易いことから、外界からの色々なものが付着しやすく、それでなくても毛髪そのものの表面が微細なマツカサ状になっていることから大気塵埃に乗った微生物が着いて、隠れ住むのには大変助かる居住環境となっています。それでなくとも、その人の生活環境、職業、季節、手入れなどで住み着いている微生物は異なるものの、近くの環境や自分の周囲に居る微生物の大方は自分の体表面あるいは体内で必ずと言っても良いぐらい検出されますので、それが毛髪にも付着していることは何も不思議なことではなく、逆に初めは外からの微生物が毛髪に辿り着き、それから他の箇所の皮膚、更には体内へと移動していくなど身体各所に移動していることは十分にあり得るのです。

私の経験ですが、清浄度の高い製造工程で、清浄なキャップを被った従業員の髪の毛に付着した微生物を追跡調査した結果、通常の皮膚常在細菌(白色、黄色双方のブドウ球菌など)のほか、付近の環境に浮遊する枯草菌(いわゆる腐敗菌の代表格)や何種かの真菌類を通常的に認めました。こんなことから、そのような毛髪が食品に混入したとしたら、その後それら微生物は自ら保有する生物能力を発揮して、生き延びるためにそこの環境に見合った増殖を開始し、中にはその過程でブドウ状球菌のように毒素まで分泌しだすようなことは十分に想定できたのです。
因みに顔にできるニキビの黄色い化膿部分には、炎症による白血球細胞の死骸と共に、激しい食中毒を起こす黄色ブドウ状球菌が大量に検出されるということを知っておいてください。

この様なことから、業務上、食品など人の健康に影響を与える商品を扱う人の毛髪管理においては、清潔なキャップや布などで定めに従って頭部を覆い、毛髪やフケが落ちたり、触れたりしないようにすることを基本としなければいけません。調理加工時間が短い対面料理などにおいても、少なくとも男子は髪を極力短くし、洗髪時に内部まで清浄化が可能なようにして、洗髪後も整髪などを怠りなくするよう心掛けるのがプロとしての食品衛生上の基本的心得だと思います。また、女性は必ずしっかり髪を束ね、前に垂れ下がらない様にすることが肝心です。
このように、清潔は自他共に守ってくれるものと自らに言い聞かせるようにぜひお願いしますひげについても然りで、日本ではあまり見掛けませんが、髭を生やす習慣のある国では、衛生環境においては髭用のキャップ(マスクの一部)も用意されているくらいです。

昔、看護師のナース・キャップ、コックさんの帽子やネクタイが微生物の住みかだという試験結果をもとに鬼の首を取った様な報告がなされ、安易に流布したことから、それを曲解して帽子やネクタイを確固たる代替策を取らずに止めて安易に無帽のままにした施設や人達がいました。
加えて、米国などの救急医療センターのTV番組などで医師やナースが無帽のまま処置をしている場面を観て、誤解している医療従事者もいました。その中で特に話題とされたのは、「ナース・キャップには緑膿菌までもが付着している」ということだったと思いますが、確かにこの細菌は薬剤耐性を持つ創傷感染原因菌として院内では注意すべきもののひとつなのですが、私達の周囲環境には当たり前のように存在し、埃のなかによく検出されるような特に珍しい微生物でもないことから、私は、「何を今さら、騒ぐ方が不勉強すぎるのではないか」と思った記憶があります。

クリーニングしないまま毎日付けているキャップやネクタイは微生物に汚染されているということは当たり前のことなのであって、そのままで良いとは言いませんが、長い間洗浄せずに被り続けているのでない限り、私からみれば微生物汚染度の高い毛髪の接触や脱落を押さえるためにはそれなりに有効であり、また腹部や胸の空気がそのまま外に出ない様に首の部分を何らかで閉めるのは必要なことと言えるのです。しっかり教育、実習を受けている人間であれば、そのような時の装着順序や、手の洗浄消毒などは心得ているはずであり、また昨今は飛び出したつば部分が邪魔にならず、使いやすく、トータルコストから考えると安価なディスポーザブル無菌キャップやネットなども使われる様になってきていますので、実際の現場ではこの様なことをあまり心配しなくて良いのかなと思っていますが、さてどうなのでしょうか。教育実習の内容が心配です。

それにしてもTV番組の医療や食品に関連する番組作成者はこの辺りの影響を良く勉強してもらいたいと思いますが、頭や顔を覆うと誰が誰だか分からなくなるからという意味もあるのかもしれませんね。まさか実際の現場の人は真似をしないと思って行っているのでしょうから。
今朝も、公共放送局のTV地方番組で、生の食品加工現場の中に入って無知識な姿で実況放送をしていましたが、この様なことは厳に慎むべきで、経営者は許可すべきではありません。

通常の服装をした状態で、微生物が多い場所は、前述の頭部毛髪部、鼻腔内、口腔内、脇の下、手のひら、下腹部局所、肛門周囲、足(靴下、靴の内部)などです。このことは皆さんも想像できるのでは思いますが、要するに外部に直接触れる場所や湿潤な場所です。
このようなことから手は洗うことで対処、髪の毛は仕事に見合った方法で覆うことで対処、
口腔や鼻腔はマスクで対処、その他は清浄な作業時は触らないように服装やカバーで覆うなどの対処がお客様相手の調理を含む製造現場では衛生上必要なことと捉えてもらいたいのです。中でも皆さんが想像以上に微生物の数と種類が多いのは口腔内ですから、たとえマスクをしているからとは言え食材の上でお喋りしながら作業を続けるのはご法度なのです。この辺りのことを、微生物叢が異なる家庭内と家庭外は食品衛生の面から同じではないということは先に説明した通りです。


先日、頭休めに閲覧していたブログにこんな内容がありました。
障害者も一緒になって働く食料関係の職場のようでしたが、そこでのオバさん達がおしゃべりしながら作業、一方障害者の人達は黙々と作業。『こんな状態で衛生面や生産効率面で非常に問題を感じる』という内容でしたが、これが 先日私が福祉についてのブログに書いたところの「健常者と障害者の仕事のミスマッチ」の一例に該当することなので、これこそ そこの管理者が現場を良く管理監督していないことの表れなのです。このようなオバさん達の賃金を削って、障害者の人達に配分すべきなのです。

 

<その2のまとめ>

一般の方々へ:
政府広報をしっかり読んで頂き、その情報をご家族と共有され、自他を守るための衛生管理を全員で身に付けるようにしてください。食中毒の防止は皆で協力して実行しないと意味がないことを知ってください。

飲食を提供するプロの方々へ:
経験と実績がある個人経営飲食業については、私はあまり心配していません。その食材の特性、気候風土など、料理の基本をプロとして熟知し、身に付けていることがうかがえ、その伝統もしっかり引き継がれていることが見聞きすれば分かるからです。
心配なのは今、過当競争最中の大手飲食チェーン店や人手不足の宿泊業などです。組織が大きくなり、明らかに管理限界を超えた雰囲気が、店に入っただけで見えますし、従業員の所作からも感じられるからです。
特に、これからの多忙な時期には注意が必要でしょう。昔風の教え方では今の若者は付いて行けないと考えた方が良いでしょう。また、お客様に安全な生ものを提供するのは基本的に日本だけと考えて、食文化が異なる海外で学んで来た人間を扱う場合は、いくら見かけの出来映えが良くても、調理の準備と手順について、その理由も含めてプロセスの最初から指導が必要と考えてください。職場の清掃、まな板、ナイフ、布巾などの使い方、調理の段取りやスピード、そして調理マナーなどを日本の食文化に合わせて作業手順書や時間管理を教え直す必要があります。出来上がりの料理からは見えない、中に発生している微生物数のことを考えて、しっかり教育訓練が必要です。問題が発生してからでは遅く、自らの命取りになるからです。


食中毒に関しては国民の健康を守るためにも大事な情報ですので、所轄官庁はそれぞれ工夫した情報を公開しています。ここに例として東京都と大阪府のものをご紹介しておきますが、その他の地域でもその地方に見合った内容で情報公開がなされています。

その地方に出かけるとか、取引するとかという場合は、天気予報と同じようにそれら情報を事前に目を通しておくことをお薦めします。

東京都
http://www.toshoku.or.jp/eiseijigyo/201210pdf/201210-2.pdf

大阪府
http://www.pref.osaka.lg.jp/shijonawatehoken/shokuhin/shokutyudokubousi.html

以上、少々長くなりお疲れかと思いますので、その2はこの辺で終え、続きは次報そのー3でご説明します。以下の内容を予定していますので、お待ちください。
なお、これまでのところで不明な箇所、もっと説明が必要なこと、ご指摘事項などありましたら、ご遠慮なくご連絡ください。

そのー3 科学的根拠について(2)
・居場所とその違い 
 常在細菌 家庭内(同居人)と家庭外(非同居人)、地域差(国内、国外)
・ウイルス、プリオン、寄生虫について
・微生物の害の内容;病因(障害機序、毒素など)
・微生物が与える影響の差
 個人差:年齢、性差、人種差、地域差(国内、国外)
・微生物の増殖抑止:消毒、殺菌、滅菌の違い
・水の知識(安全な水、危険な水)